彩夢万丈

鈴木盛人オフィシャル・ブログ

§ INTRODUCTION



Morito Suzuki Art on facebook

2020/01/01/Wed 00:00:00  Morito作品/CM(-)/TB(-)/

§ France



フランスでも売られているらしい。嬉しい。


2012/05/12/Sat 00:59:10  Morito作品/CM:1/TB:0/

§ talent show



家の近くのクラブで行われたAdult Talent Showです。勿論、全員素人さん。Adeleを歌った女性が一番上手かったかな。


2012/05/11/Fri 06:05:08  今日の出来事/CM:0/TB:0/

§ 頑張る



「半端なものなんか作って居られない!」と思うのです。

地球という惑星の、人類の歴史をリードし続けている彼らに指名していただいているのですから。
冷静に考えると気絶してしまう程の事かも知れません。

「頑張る」という事がニュートラル。
「頑張る」という事が生きている証。
「頑張らなくてもいい」って、やっぱり僕には「死んでもいいですよ」という意味にしか聞こえない。

僕は頑張りたくてたまらない。頑張るために生きている。
頑張る素晴らしさを知らない人達が「頑張らないでください」なんて言葉を平気で(思いやりだと勘違いして)人に言うのかな。
頑張らない先には一体何が存在すると言うのだろうか。

頑張った人達の残した素晴らしいものに感動し続けて、彼らに習えば、世の中は必ず良くなる。この世を感動で溢れさせる事が出来る。

弱い人を強くしてくれるのも感動の力。「頑張らなくてもいいです」なんていう、薄っぺらな思いやりゴッコは地球を駄目にする。頑張りや感動が、人類を生かし続けて来たもの。

だから僕は「頑張る」という言葉が大好きなんです。

関連記事:「進化か?退化か?・・・少なくとも強くはなっていない」

2012/05/10/Thu 04:16:47  雑感/CM:1/TB:0/

§ facebook



現在、ダニエル・ジョビンのFacebookのトップには僕の作品が使われています。実は、Facebookのトップをこの絵にしたのは僕が最初で、ダニエルがそれを見て気に入って、原画を欲しいと頼まれたので送りました。しばらくの間、僕とダニエルのFacebookトップはお揃いの状態でした。現在、僕のトップはアース・ウィンド&ファイアー作品になっています。

自分発信の出来ている人のFacebookは魅力的です。人は毎日何か一生懸命になって生きるべきですから、「伝える事が無い」なんていう生き方は改めるべきです。「毎日が同じ」「毎日何もない」では生かされている命を粗末に生きていると思います。「今日はこんな事を頑張った」「明日はこんな事を頑張りたい」・・・それが日々というものでしょう。マニュアルや講習で「フェイスブックの活用法」なんて習う以前に、自身の生活をちゃんとすれば良い。Facebookはその名の通り、自分の顔を映し出すメディア。魅力的であれ!
2012/05/09/Wed 04:01:48  Morito作品/CM:1/TB:0/

§ jobim



ダニエル・ジョビンの「Sometin' Else」のビデオを作りました。イメージはお爺様であるアントニオ・カルロス・ジョビンの「波」からインスピレーションを得ました。砂漠のような海のような。

WaveWave
(1989/05/02)
Antonio Carlos Jobim

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2012/05/08/Tue 05:31:12  Morito作品/CM:4/TB:0/

§ ooh, ooh



ビデオをアップしました。あのゴージャスな夜の感動が蘇ります。
欲を言えばBlue NoteやCotton Clubみたいな、風格のあるお洒落な場所でシャンペンでも楽しみながらだったらもっと良かった!(この会場にはテーブルも無いし、椅子は折り畳みのやつでした・・・)

ランディ・ウォルドマン&ジェイニー・クルーワーのクリスマス・アルバム・ライヴがCotton Clubであるかも知れないので、それに期待しましょうか。

2012/05/08/Tue 00:47:52  アーティスト友達/CM:1/TB:0/

§ 「世界的」の意味



ジェイニー&ブルースのライブの感動も冷めやらない(いまライヴ・ビデオの編集の最終段階です。もうしばらくお待ちを!)のに、今月はアース・ウィンド&ファイアーの東京公演ですって!今朝、早速ラルフ・ジョンソンから連絡を頂き、再会する事になりました。
そんな事もあり、今日は自分のフェイスブックが騒々しくなっています。アース・ウィンド&ファイアーやラルフ・ジョンソン関連の映像や画像をアップしたところ、色々な「凄い人達」から連絡が入って来ました。ラルフ・ジョンソンのプロジェクト「オーディオ・キャヴィア」の世界的展開を可能にしたレーベルの社長さんからも、次のプロジェクトのオファーを頂きました。
他にも才能溢れる様々な方々が僕の作品を取り上げてくださったり、連絡をくれたりで、嬉しい悲鳴です・・・じっくり時間をかけて、すべて良い結果に残せるように頑張ります。

さて、ここからは色々な人達のブログを拝見した自分の個人的見解です。

「一流の絵を描くために、まず一流のものを浴びる」と宣言されていた方。その考えはとてもとても素晴らしいと思います。でも「素晴らしい芸術家は、性格が良いはずがない。なんたって自分の作品が世界一で宇宙一だと信じている訳ですからね。そこを信じられていない状態で描いても、そんなもんには意味が無い」とおっしゃっていたのが少々気になりました。僕と交流のある世界的な方々は、むしろ素晴らしく性格の良い方が多いです。恐らく「性格が良く無い」は単なる想像でしか無い(または何かの本などで得た情報で、自分でそういった人達と付き合いがあるわけでは無いと思います)。「自分の作品が世界一で宇宙一だと信じている」というのも非現実的で、そんなエゴの固まりが多くの人達から共感される事のほうが難しいかと思います。僕の知っている限りで言えば、世界的なアーティストはむしろ「高いレベルでの共感」というステージに辿り着くために努力して来た人達で、むしろ共感や調和を大切にしています。過去の偉大な人達も尊敬し、常に自分より上を見て、そのレベルに達するための努力や探求を止めません。

また、そう宣言していた方と、もう何人か別の方々がブログで、「個展(展覧会?)の場所も日程も決まっているのに、出す絵が決まっていない(まだ手もつけていない)ので焦ります〜!」みたいな書き込みをしている事にとても違和感を覚えました。僕は個展などしない人間である事は、このブログをご覧の皆さんなら解っているでしょう。個展というのは、ある程度有名になって、求められて作品を公開する場所だと僕は考えます。だからこそ、僕は個展の回数や場所ばかりプロフィールに書きたがる偽芸術家が嫌いなんです。過去の個展の日にちとか会場をプロフィールに書いても、誰も観に行けません。そういう履歴を誇らしげに書く人達は、作品の内容より、そういう個展を開く事が凄い芸術家だという形式的概念に囚われている、単なる愚か者だと思います。
で、まだ描いていない作品が展示される事が決まっているって、どんだけ偉大な芸術家なんだ?って思うわけです。それをするのは、世界中から最新作が期待されている超一流の芸術家か、自分が何をしているのかさえ解っていない偽芸術家のどちらかでしか無いと思います。

いずれも「共感」とか「調和」というものを全く無視している。自分の作品を何とか売ってやろうという欲望の固まりで、高いレベルの共感というものが概念に存在しないのです。そういう人間はいつも独りで何か語っている。いくら独りで考えても、答えなど自分の中には無いのだという事を学ぶ必要がある。

批判ではなく、そういう考えに切り替えたほうが学びは多いという事です・・・つまり、独りで何が正しいかと考えるのではなく、世の中、文化の中でより良いものを求める人達の情熱から学ぶ(実際にその時間を共有し、その一部になる)べきであって、それこそが「高いレベルでの共感」というものだと知る必要がある。

「世界的」は「ハイレベルな世界と共感する」という事に等しいと思う。

2012/05/06/Sun 02:59:32  雑感/CM:1/TB:0/

§ 線



今更ながら「インターネットって凄い」と思ってしまった。ちょっとした閃き(ひらめき)が、数秒後には世界中に伝わり、次々と反響が返って来ている。勿論、自分の全く知らなかった人達から(世界をリードして来た一流な方々も!)。投稿から一時間経った今でも、それは止まない。(ランダル・クレイ氏がくれたコメント、「おい、ギター弾き達よ、線画のブルースでさえお前らより魂がある!」には爆笑。)

絵はただの線でしか無いけれど、それは自分の心の中にあるものをストロークで表したもの。共感してくれる人達は自分が表したかった心像に共感してくれるのだ。それが瞬時に世界に伝わるって、本当に凄い。こんなシンプルな線でしか無くても、自分が伝えたかったものが伝わるんだと・・・。

絵の夢を諦めたかつての友達は、本気で始める事さえしなかった。「今はその時じゃない」とか、「情熱が足りないんです」とか言い訳をして。始めなければ何も起こらない。なのに始めない為の言い訳ばかり編み出して、正当化ばかりして生きて来た。そんな事をし続けても、誰から見てもあなたは「何も始めて無い、何も発信出来てない人」ですから、どうぞずっとそうやって歳だけ取ってください。ただし尊い夢と欲望を混合して誤摩化すのだけはやめてくださいね。「人生を楽しんでいる」とアピールするあなたは、単に快楽という欲望のまま生きてるだけですから。

こんなシンプルな線を、心に忠実に表現する為の、手を動かす事すらせずに、10年も20年もかけて言い訳し続けて、終いには本当に歳を取って、手遅れですと世間に認められるのを待っているかのよう。人生そのものが「逃げ」と「言い訳」でしか無い。出来なかった理由を、自分の一番大切な人達のせいにすりゃあ良いのでしょう。どれだけ猾い人間なんだろう。

一本の線は誰が描いても一本の線。でも、それに心を映して表せるようになる為に情熱を燃やすのです。「うまい」とか、そういう技術的なものなんかじゃない。出来るまで諦めないという、信念が描かせる形なのだ。

関連記事:あすなろ
2012/05/04/Fri 02:26:22  Morito作品/CM:5/TB:0/

§ 幼稚で悪趣味

以前、「日本では同じタレントが同時に別の会社の別の商品のCMに出るのが珍しくない。人気タレントを"当社でも!"という感覚で起用しているのかも知れないけれど、"当社は独自のものを"というプライドというものは無いのだろうか?」という内容の記事を書きました。日本の企業のそういったプライドの無さは、あまりにも当たり前になってしまい、今さら驚く事も無くなりましたが、先日、日本の書店にふと立ち寄った時に愕然とした事があります。

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クロスワード・パズル誌の表紙が、まるですべて同じ人が描いているかのようにそっくりで、それぞれのカラーというものが全く無い!薄々感じてはいましたが、まさかここまでとは!!どうして?「皆同じタッチにしましょう」という協定でもあるのだろうか?!これじゃぁ誌名を正確に覚えていない限り、どれがどの雑誌か全く区別がつかないじゃないか!しかも全部どうぶつキャラクターで、「幼児向け雑誌」みたいな幼稚さで統一されている!(ひょっとして、間違って手に取ってもらうのが目的?)

僕はクロスワード・パズルは好きなほうですが、これじゃ恥ずかしくて買えない。「この幼稚な表紙が恥ずかしいと感じない人限定」誌なのでしょうか。それとも本当にクイズのレベルが幼児向けなのでしょうか?(謎)

僕が理想とするクロスワード誌は、洒落たカフェなどで時間をつぶしながら楽しめるような、ハイセンスなもの。実際、そんな状況にピッタリなほど、欧米ではセンスの良い表紙のものが多く、各社、個性やセンスを競い合っています。

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額に入れても絵になるセンス。幼稚で悪趣味な絵と無意味な文字だらけの日本の表紙とは比べ物になりません。

日本のは全誌が表紙に「超豪華プレゼント!」・・・すでに、その言葉のインパクトなど無い。もはや力を失った死んだ言葉で埋め尽くされている。そんな事を本当に作ってる側は気付いていないのだろうか?絵も、恐らく描く人は「楽しさを表現しました」なんて言って描いているのだろうけど、毎号、顔の向きを変え、小道具を変えてるだけで、苦し紛れに継続しているだけだという事は、見る側がもう解っているだろう。いっそのこと、原点に戻ってすべてクリアにしてから、人の感性で創り直すべきだ。それが真のクリエイティヴじゃないでしょうか?
2012/05/03/Thu 04:06:59  ニッポンのデザイン/CM:2/TB:0/
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