グラフィック・アーティスト鈴木盛人の公式ブログへようこそ。
作品がどのような考え方や日々の中で生み出されるのかをブログから感じていただけると嬉しいです。クリエイターが固執しがちな表面的な技術や攻略、数字よりも、自分がどんな事を大切にして日々を送るかというところに、クオリティのすべての理由が存在すると考えます。
THIS IS IT AGAIN!!

二度目の「THIS IS IT」を観に行きました。(一度目の記事はこちら)同じ映画を繰り返し観に行くなんて「タイタニック」以来です。
スクリーンにマイケルが登場すると共に会場からは大きな歓声が起こり、一曲終わる度に拍手が起きる。ジャクソン5の「I WANT YOU BACK」が始まると一同に曲に合わせて手拍子を始めるなど、アメリカ人の乗りは本当に凄いですね〜。
改めて観てみると、「with love, L, O, V, E!」の台詞のところでは笑いが起こるという、日本人の感じ方とは違うのかな〜という印象でした(こちら参照)。英語を英語脳で理解するのと日本語字幕を読むのとではやっぱり違うのでしょうね。それに字幕だと、恐らく半分近く(いや、短い場面、特にダンサーたちのインタビューシーンなどではほとんど)画面が観れていないと思います・・・ちゃんと観ているつもりでも、実質、字幕を読んでいる間は画面を見てないわけですから。2回以上観に行く方は、字幕をあまり観ないで鑑賞すると、もっといろんな事が見えて来ると思います。

映画館でマイケル・センベロからのメールを受信しました。TV出演の時の映像を送ってくれたのですが、何と「HUMAN NATURE」を歌っている映像じゃないですか!「HUMAN NATURE」の元歌「CAROUSEL」の作者としてのパフォーマンスでしょうか。思わず「偶然、いま"THIS IS IT"の映画館に来ているんだよ!」と返信しました。
モー・プレジャーに再びスクリーンの中で会えたのも嬉しかった。是非、あのバンドにはツアーをして欲しい。あの腹に響く重低音を、目の前で聴きたい。
とにかく、映画の中の拍手と歓声なのか、映画館の中の拍手と歓声なのか解らないぐらい、会場が盛り上がって楽しかったです。ちなみに、アメリカのライヴ会場でも映画館でも、観客は座ったままでも最高に盛り上がり、座ったまま腕を上げたり体を揺らしたりして踊ります・・・日本人は「ライヴ会場で皆が立っていない」とか他人に対して文句を言います("THIS IS IT"に関しても「立って踊りたかった」という意見をよく見かけます)が、初っ端から総立ちなのに静かという状態のほうが洋楽アーティストにとっては不気味です。座ってても盛り上がれば良いんですよ〜!
ワールドプリミアの映像。リポーター、日本語ペラペラ!(笑)でも日本人レポーターだったら,こんな内容のリポートは出来ないですよね。ここでもプロの能力の格差を感じる。それだけでなく、インタビューされる側も自己表現(感じている事を言葉で的確に表現)が素晴らしい。両方が在って,初めて良いインタビューが成立する。
数々の有名人が登場しますが、日本のメディアを観ているだけの人達にとっては、恐らく誰がどんな人なのかは解らないでしょう・・・ここでもやはり世界的クラスに対しての格差が現われてしまう。
リポーターの方、ミッキー・ルーニーへのインタビュー後、途中から名前が「ミッキー・ローク」になっちゃってます(笑)「ミッキー・ロークはもう40年ぐらい映画やってて」と言ってますが、ミッキー・ルーニーの映画のキャリアは80年以上ですよ?(謎)
とにかく、日本のメディアにはダンスが存在しない(洋楽も存在しないし、国内音楽の番組すら極めて少ない)。この"THIS IS IT"旋風が、真のダンスやエンターテインメントに対する革命となってくれる事を願わずにはいられません。日本のものづくりのプロたちの駄目さ加減は、もう救い用が無いとしても、求める側のレベルが高まれば変わらずを得ない状況は作り出せるはず!→「本物が育ちません」
KEY OF LIFE

平日ですが、友達に誘われて食事に行きました。片道一時間半もかかる場所ですが、平日しか予約が取れないぐらいの人気店なのです。大して宣伝をしているわけでも無いのに、2〜3時間かけて遠方から来る客も多いようです。そういうグルメな人達から熱烈に支持されているお店のクオリティはやっぱり凄いです。
洗練させるという事の意味を、こんなお店の精神からいつも学んでいます。余分なものは加えない。複雑にして誤摩化さない。常に透明感があるというか、すべてが簡素に美しく、それこそが本質の美であるということを体感し、その価値を知る。
ブログの冒頭でいつも掲げている「どんな事を大切にして生きるか」という事は、あらゆる形になって現われる。時間の質を粗末にしている人は、結局人生の彩りにも欠けており、本物の眼を持った人達の注目を集める事は出来ない。
クリエイターだからこういう事に注意を払うのではなく、こういう事を大切にする"精神がある"からクリエイターになる資格があるのだという、最初のボタンのかけ始めから間違っている日本の業界。「いろんな方面で日本が危ない」と言われているけれど、すべてプロたちの質の低下が原因でしょう。
関連記事:伝わるのは感動する心の波動と本物の精神
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ブランディング?
今回のお店は、1週間前に店を訪れて予約を入れました。
「窓際の席だと料金10%アップ」という事でしたが、観たところどの席からも窓は遠くなさそうなので、「窓際ではない席」にしました。入れ替え制で、「午前11:30〜」と「午後1:45〜」という事なので(ランチで1:45からというのは遅過ぎるので)ちょっと早めの11:30に予約を入れました。店のサイトには「Lunch 11:00〜15:00」と書いてある。
11:20分に到着して店に入ろうとしたら、鍵がかかっていた。ガラス張りなので、中の準備が出来ている事も丸見えなのですが、どうやら時間きっかりじゃないと客を入れない方針のよう。秒まできっかり11:30にドアが開き、我々は一番乗りで店に入る。
予約通り「窓際ではない席」に通されたが、窓際の席との間には、御丁寧にもレースのカーテンがあり、遮られている。カーテンが無ければ、すべての席から海の景色が見えるのに。
そして窓からの距離だけでなく、窓際の席は椅子もテーブルも上質だった(そんな事、予約時に聞いてませんよ!聞いていたら絶対そちらの席にしたのに!)・・・我々は、良い時間の為なら少々の出費など気にしないので、そちらの席に移動は可能かとウェイトレスに尋ねたところ、あいにく全席予約済みだと言う。しかし結局、我々が食事を終えるまで、1テーブルは空いたままだった・・・「とりあえずのNO」だったのか?
一番高いコース料理を注文。
冷たい前菜(サーモンのカルパッチョと野菜)、温かい前菜(手長海老とグリル野菜)、パスタ、リゾットまでは、素材・調理法、共にとても良かった。しかしメイン・コースの魚と肉が残念な出来。
いつものように、ワインを済ませるためにチーズコースを注文したけれど「出来ません」と言われた。
そして、いつも通り「デザートはワインが終わってから」そして「コーヒーはデザートが終わってから」と言って置いたのに、数分後には無視して出て来てしまう始末。
高飛車なのは恐らくオーナーの影響だと思う。その高飛車な対応から「うちの店は一流なので」という主張が感じられたが、それは客が評価する事であって、客から喜ばれて初めて「一流」なのに。
それに、その割には従業員は明らかに「良いレストランのサービスを経験していない人達」だった。日頃から一流レストランに客として通っていれば、必ず気がつくような事が、全く出来ていない。
デザートは「違う種類のものをお持ちしますので、違いをお楽しみください」とのことで、選ばせてもらえない。シェアできる量でも無いので、別に楽しくも無い。客の好き嫌いも問わず、勝手に違うものを強制。とことん「店の方針」に客が従わされるはめになる。
一流ゴッコに付き合わされた気分。
という事で、この店にはもう行かない。それでも行くという、本当の一流のサービスを知らない客に支持され続ければ良いのだ。
関連記事:「馬鹿が治る薬」
本質そっちのけで形ばかり築こうとするから、そういう事になる。
HALLOWEEN
家の近所のハロウィンの風景です。かわいい子供達!大人達はホスト的な役目に徹しています。その眼差しは、ほんとに「子供達を見守っている」という感じです。人食いウサギのコスチュームが良いですね〜。
日本ではクリスマスやヴァレンタインと同じで、相変わらず物を買わせる為に盛り上げてるだけのイヴェントになっていて、さらに大人達まで踊らされていますが(というか、大人のほうが幼稚に夢中になっているような・・・)、基本的に子供達のイヴェントですから!それにどこの店もハロウィン・グッズで溢れかえっているのに、その割にはハロウィン当日にコスチュームを着て歩いてる子など、ほとんど見かけない日本・・・変!!
10月に「ハロウィン」と「クリスマス」と「おせち」の販売を普通に見かけてしまう日本・・・もうちょっと季節感というものを大切にして欲しいですね。
それを行う意味をもっと大切にすべきだと思う。本物の精神の無い文化など、すぐに滅びてしまう。
Only love can save us all.
Only love can save us all, save us all.
ALL COMES BACK TO YOU

3日前のマイケル・ジャクソン「THIS IS IT」のワールド・プリミアでのショット。今や世界中の話題をさらっている「THIS IS IT」の出演者であり、しかも封切り直後の忙しい最中であるのに、しっかりメールに返事をくれ、僕の家族の事まで気遣ってくれるモー・プレジャー(写真中央)。映画を観た人なら気付いたかも知れませんが、あの現場に集められた人達の気持の純粋さや愛情の深さには、心を打たれます。特に監督の物腰の柔らかさは、マイケルの純粋さと「ケミストリー(化学反応)」を起こして最高な状態を作り出している。モーも「マイケルに選ばれた人」なんだなと、つくづく思う。
さて今回のグルメ・ビデオは特別ヴァージョン!「THIS IS IT」バンドのモー・プレジャーとの会食です!!・・・と言っても去年のものです(アホなYouTubeスタッフがアカウントを削除してしまったので、オリジナル・テープから起こし直して再アップです!)。ライブの舞台裏の様子も少しだけ入っています。
良い仲間、良い食事、良い時間、良い音楽。生活の中のあらゆるクオリティのバランスが取れているでしょう。
とあるブログの「人間の姿」という記事でこんな言葉を見つけました:
>母がこのような事を申しておりました。
>「食に関心がない奴は仕事も対してこなせない
>奴が多い。何事にも活発に取り組む人は、食事
>を楽しんでいる。」
自分の周りを見回してみても、やはりそれは言えると思います!クオリティの高い仕事をしている人達は、食事の「時間」というクオリティも大事にしています。僕もそういう人達から学ばせてもらっています。
「いい加減」にすれば、同じだけの「いい加減」がすべて自分に返って来る。
「粗末」にすれば、同じだけの「粗末」が自分に返って来る。
精神と創造性

MJ最後の世界ツアーとなった「HISTORY TOUR」のツアー・ブックとバックステージ・パス。
未だに「THIS IS IT」の余韻が冷めやらず。あの現場の精神と創造性の凄さが、心の中に蘇ったからでしょう。舞台裏であのスタッフたちと過ごした時の胸の高鳴り再びといった感じです。「時空が違う」と前の記事で書きましたが、あれが仕事なら誰もが「やりたくて仕方が無い」という気持になれるのは当然ですよね。人は皆、自分がやりたい仕事を自分で決めてやっているはずなのに、どうして文句ばかり言ったり、最高なものを作れる環境を一番に大切にせず「時間が無い」を言い訳にするような事が平気で出来てしまうのでしょうか。そこには精神も真の創造性も存在しないのは当然です。もしもあの「THIS IS IT」の現場で、そんな甘さや自己矛盾があれば、即、退場を命じられるでしょう(というか、そもそもそんな人材は選ばれる事すら無いでしょう)。
時間が無いというのは自分のいい加減さによって追い込められる「厳しい状況」であり、自分の「創造への厳しさ」ではありません。勘違いして苦しい状況を自慢しちゃってる人、多くないですか?ものを作り出す人なら、もの作りに最適な環境から自ら作り出すべきでしょう。それが本当の「良いものを作り出す」という土台です。
クリエイターなら絶対に「THIS IS IT」を観るべきです。必ず多くを学べるはずです。例えば、地球の裏側から急いで駆けつけてオーディションに臨んだダンサーなど、その燃える情熱に感銘を受けるでしょうし、その数の多さを見れば、本物しか生き残れない厳しさが解るでしょう。「うまい人は大勢いる、でも華(ひときわ輝くもの)がなければ駄目」という世界です。これ(クリック)で良しとしている人達は、その眼力からすでに駄目ですね。
デザイン・ブログ村で「マイケル・ジャクソン "This is it" - 今日から使える"with love"」というタイトルの記事を書いている人が居ました。
>劇中でマイケルがスタッフに対して苛っとする場面がある。
>スタッフに対しておこり口調でクレームをつけるような場面
>なんですが、「いや、ごめん怒っているわけじゃないんだ
>with loveだから with love。理解してね」と。
>
>これは使える。
>怒られてるほうも with loveだから、なんて言われると飲み
>込めるよね。
>私も今日から家庭で「with love」を使っていこうと思います。
>そこに愛があるのか無いのか。。。大事なことです。^^
>
>あなたも今日から「with love」使ってみませんか?
これって「ライフハック(笑)」の記事で書いた「GTD(Getting Things Done)は使える」と同じじゃないですかね。「Getting Things Done」も「With Love」も、彼らは自分達の言語ではない外国語を用いて語っているわけではなく、本当の自分の言葉で表しているんですよ?日本語で話してて急に「with love(またはウィズ・ラヴ)だからね」なんてボカシを入れる必要あるんですか?人に伝えるのにですよ?冗談にしか聞こえません。本当にこれが「THIS IS IT」を観てのクリエイターしての見解なのだろうか・・・
また「あなたも今日から使ってみませんか?」って、コレと全く同じパターンでしょう?
どちらにも共通するのは、精神の無さです。「こうすりゃかうまくこなせる」という手段を参考書に求めるのと同じ。本物の精神なしに、自分のメリットの為だけにそんな形式を当てはめたって駄目に決まってます。
「THIS IS IT」の事とは離れますが、「大物」に関するこんな見解の記事も見かけました:
>よくグラフィックデザイン界の、
>御大達の制作ドキュメントなんかを読んでいると、
>クライアントとの意向や希望、狙いや目論見などに
>ついて、それほど大きなスペースを割いていない。
>
>つまり、
>依頼された案件についてクライアントはどうしたいか?
>ということについて、それほど詳しく書かれていない
>ような気がするのだ。
>むしろそこに記されているのは、クライアントと社会
>の関係についてであり、それが為にクライアントは、
>どう考え向き合うべきか?ということが語られているのだ。
>
>そして、それに伴って世の中へ対して自分自身からの
>メッセージも多く語られている…
>ゆえに、「仕事」を「作品」と言い得るのだろう。
>
>残念ながら、
>この日本でグラフィックデザイナーという職業に従事
>している、私も含めた多くの人々は、
>社会や世の中へ対して、自分がどうあるべきか?まで
>ゆっくり考えている時間がない。
>
>考えていたとしても、それを自分の仕事に反映させる
>だけの余裕がないのが現実なのだ。
>
>御大達は、まあ仕事はある。それなりの地位も確保した。
>じゃあ、ひとつ説教でもするか…と考えてるに違いない・・・
>と、斜めにかまえて見ることもできる。
>
>て、いうかあ、実際はぁ・・・みんなそう思ってるじゃん!
思ってません(笑)(地位を築き上げる人は)最初から考え方(視野)が広く、全体像に基づいて行動をするからこそ、大物になれるのだということが解っていないようですね。全体像も見えないまま、作業を進めるだけで精一杯な人達とは、根本的に違うのです。
大物が「クライアントとの意向や希望、狙いや目論見など」に重点を置かないのは、そういった戦略や目先の事は、先にも書いた「ライフハック(笑)」だの「GTD」だのと同じで、最終的な目的とは掛け離れた、自己満足的なごまかしに過ぎないからです。以前書いた「最終的な調和に興味の無いデザイナーなんて有り得ない」というのがまさにその事であって、どこに向うのかも解らないまま、先が見えずにただぶつからずに車を走らせ続ける事に必死になっているのと同じなのです。どこにも辿り着けない。
僕はよく「その人がどんな人であるかを知るには、周りにどんな人達がいるかを見れば解る」と言いますが、それはつまり「どんな考え方や精神を持って活動しているか」とか「どんな考えや才能を持った人達に共感されているか」という事です。大概、駄目な人は周りも駄目(また自分以下の素人)か、共感する人さえ居ないで彷徨っているかのどちらかです。自分の周りにすらレベルの高い調和が無く、その状態で作業をこなして行く。
そういう人達がアピールしたがるのは、目先の作業の方法論やカタカナでごまかしまくりの概念です→「遠回りをして難しい事をやっているふりをする人々」
最終的な事など語らず、いかに難しそうな事に取り組んでいるかというアピールばかりで、本当の成果や、自分や人々の精神の豊かさの事など絶対に語りません。
日本のクリエイターたちは口癖のように「自分にできるコト」と言いますが、そこから間違っている。だから「余裕がない」と言いつつ、出来る事しかやれないのです。
>考えていたとしても、それを自分の仕事に反映させる
>だけの余裕がないのが現実なのだ。
仕事に反映させるのが仕事なのに。
つまり仕事を始めてさえ居ないという事です。
作業をしているだけです。
人を感動させる本物の波動が無い。
形の良いものを取り上げて「良いデザインです」で終り。
「モノ・コト」と言うだけで終り。
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