ジェイニー&ブルースのライブの感動も冷めやらない(いまライヴ・ビデオの編集の最終段階です。もうしばらくお待ちを!)のに、今月はアース・ウィンド&ファイアーの東京公演ですって!今朝、早速ラルフ・ジョンソンから連絡を頂き、再会する事になりました。
そんな事もあり、今日は
自分のフェイスブックが騒々しくなっています。アース・ウィンド&ファイアーやラルフ・ジョンソン関連の映像や画像をアップしたところ、色々な「凄い人達」から連絡が入って来ました。ラルフ・ジョンソンのプロジェクト「オーディオ・キャヴィア」の世界的展開を可能にしたレーベルの社長さんからも、次のプロジェクトのオファーを頂きました。
他にも才能溢れる様々な方々が僕の作品を取り上げてくださったり、連絡をくれたりで、嬉しい悲鳴です・・・じっくり時間をかけて、すべて良い結果に残せるように頑張ります。
さて、ここからは色々な人達のブログを拝見した自分の個人的見解です。
「一流の絵を描くために、まず一流のものを浴びる」と宣言されていた方。その考えはとてもとても素晴らしいと思います。でも「素晴らしい芸術家は、性格が良いはずがない。なんたって自分の作品が世界一で宇宙一だと信じている訳ですからね。そこを信じられていない状態で描いても、そんなもんには意味が無い」とおっしゃっていたのが少々気になりました。僕と交流のある世界的な方々は、むしろ素晴らしく性格の良い方が多いです。恐らく「性格が良く無い」は単なる想像でしか無い(または何かの本などで得た情報で、自分でそういった人達と付き合いがあるわけでは無いと思います)。「自分の作品が世界一で宇宙一だと信じている」というのも非現実的で、そんなエゴの固まりが多くの人達から共感される事のほうが難しいかと思います。僕の知っている限りで言えば、世界的なアーティストはむしろ「高いレベルでの共感」というステージに辿り着くために努力して来た人達で、むしろ共感や調和を大切にしています。過去の偉大な人達も尊敬し、常に自分より上を見て、そのレベルに達するための努力や探求を止めません。
また、そう宣言していた方と、もう何人か別の方々がブログで、「個展(展覧会?)の場所も日程も決まっているのに、出す絵が決まっていない(まだ手もつけていない)ので焦ります〜!」みたいな書き込みをしている事にとても違和感を覚えました。僕は個展などしない人間である事は、このブログをご覧の皆さんなら解っているでしょう。個展というのは、ある程度有名になって、求められて作品を公開する場所だと僕は考えます。だからこそ、僕は個展の回数や場所ばかりプロフィールに書きたがる偽芸術家が嫌いなんです。過去の個展の日にちとか会場をプロフィールに書いても、誰も観に行けません。そういう履歴を誇らしげに書く人達は、作品の内容より、そういう個展を開く事が凄い芸術家だという形式的概念に囚われている、単なる愚か者だと思います。
で、まだ描いていない作品が展示される事が決まっているって、どんだけ偉大な芸術家なんだ?って思うわけです。それをするのは、世界中から最新作が期待されている超一流の芸術家か、自分が何をしているのかさえ解っていない偽芸術家のどちらかでしか無いと思います。
いずれも「共感」とか「調和」というものを全く無視している。自分の作品を何とか売ってやろうという欲望の固まりで、高いレベルの共感というものが概念に存在しないのです。そういう人間はいつも独りで何か語っている。いくら独りで考えても、答えなど自分の中には無いのだという事を学ぶ必要がある。
批判ではなく、そういう考えに切り替えたほうが学びは多いという事です・・・つまり、独りで何が正しいかと考えるのではなく、世の中、文化の中でより良いものを求める人達の情熱から学ぶ(実際にその時間を共有し、その一部になる)べきであって、それこそが「高いレベルでの共感」というものだと知る必要がある。
「世界的」は「ハイレベルな世界と共感する」という事に等しいと思う。