
「魂を失わずにグラフィックデザイナーになる本」という本(日本語版)が出版されました。ちなみに洋版のオリジナルは「How To Be A Graphic Designer Without Losing Your Soul」。タイトルがすでに「魂を失いやすい職業」を大前提としている。この本をどういう人が読むのか解らないけれど、魂を失ってるクリエイターが読むとしたら、何だかそれだけで「どうやって魂を失わなようにするかというマニュアル」を読むようで、求めるものが違うように感じ無いでも無い。
この本の序文を担当しているステファン・サグマイスター氏の序文に「真実を話す人はみなおもしろい」という言葉があって、この本が単なる理想論を語ったものでは無い事は容易に想像できる。ベルリンやニューヨークの芸術学校で教えた彼が、生徒達の頭の回転の早さに驚き「彼らは私の世代より教育レベルが高く、いろいろなところを旅していて、文化について敏感」と褒めている。僕のブログでも日本の文化を外からの視点で、特に日本に「足りない部分」つまり「必要なこと」を常に掲げているのだけど、僕がよく指摘するのは外の世界を良く知らないのに「他国に比べ日本にはこんなに沢山のものが溢れている」と、そこで終結してしまっているクリエイター。検索や想像だけでものを言うクリエイターの多さ。そして日本の外へ旅もしないし交流も持たないのに、不確かな都合の良い情報だけを得て「知ったつもり」になって与える側・エキスパート視点で語ってしまうクリエイターたち。そういうのは恥ずかしいし、言ってる傍からボロが出ている事に気付かない。「いろいろなところを旅していて、文化について敏感」を自分で実行せずに、「それをした人を知っている」とか「読んだ事がある」だけで済ませてしまう。
こちらの記事で、ミシュランの記事を取り上げているにも関わらず、実際にレストランに足を運んでいる人達の感覚とは掛け離れたような、最初から「時間も無いし金も払う気は無い」と言い切るクリエイターの例を上げました。忙しいを理由に、行った事もない世界のことを、単なる数値的な理由で「日本が一番になった」などと、ミシュランガイド利用者の精神も文化的調和も無視したピントの外れた結論しか見出せないクリエイター達に対して「忙しい=心が亡くなるとは、こういう事かと思う」という事を書きましたが、本当の魂を持った人達が作り出すものと、それを心から堪能する人達の魂の共鳴という本質を見抜けないのは、実体験を蔑ろにしているからであり、その理由を「時間が無い」で簡単に済ませてしまっている。まさに「魂を失ってる状態」と言えると思う。当然そんな事を本人は認めようとはしないから、結局言い訳をする事になり、時間が無いという事をわざわざ時間をかけてブログでアピールするという、矛盾したクリエイターが多いのだ。
「魂が無い」は「情熱が無い」という事でもあり、「時間が無い」=「時間を得る努力の放棄」を意味しているという事に等しい。ステファン・サグマイスターの序文には「一日中、我を忘れて仕事に没頭して、プロジェクトに集中して取り組むことが大好きだ」とあり、これを読んだら「時間が無い人達」は共感しそうだが、決して「毎日仕事に追われて何もする時間が無い」とは言ってない。ちゃんとした生活があるから仕事に「集中」するメリハリが生まれる。その証拠にサグマイスター氏は「決まりきった毎日の生活では、些細な事に没頭しすぎていて、大きな文脈でものごとを考えるための時間も判断力もない」と警鐘を鳴らしている。
生活の中の潤いを大事にせず、体験的インプットも怠っている人達は、理屈だけで理想論を唱えるだけ。自分がどんな人たちのために創造するのか。自分より知識や経験豊富な人たちが大勢いて、自分はそういう人達に劣っている/追いつかなければならないと自覚しなければ、いつまでも努力はしないし、与える側・エキスパートという肩書きだけにすがって教師ぶるだけの悲惨な存在になる。序文にも「私自身にとっても、状況は難しくなっている。年齢を重ねるごとに、昔やったことを繰り返したり、過去の栄冠にしがみついたりすることに抵抗しなくてはいけなくなった。」とある。抵抗とは逆の行為が「時間が無い」という言い逃れでもある。
自分より感性豊かな人達の存在は「ティボールは、自分より鋭いクライアントしか引き受けない、と言っていた(クライアントはデザインについて鋭い必要はないことを、覚えておこう)」という文章でも明らかで、サグマイスター氏も「教育しなければならないクライアントよりも、すでに教育されたクライアントを持とうと決めた。自分より鋭いクライアントしか引き受けない。」と語っている。それは僕のポリシーとも一致する。自分の周りにいる人達のレベルが自分のレベルであると意識するから、より高いレベルの人達と共鳴して、より高いクオリティを目指したいと思う。「クライアントはデザインについて鋭い必要はないことを、覚えておこう」というのは、自分がデザインが出来るからといって、自分が彼らより偉いわけではなく、知識・経験・感性・価値観など、より高いものを持っている人達の存在を意味している。
「どうやって魂を失わなようにするか」という事を知りたくて、この本に興味を持った人達が、たとえ近道的マニュアル(虎の巻)としてそれを求めようとしてもダメだという事。自分や自分の業界、自分の文化に足りないものをしっかり意識して、それらを埋めて行くことから率先して行動できる人になれなければ変われない。時間のせいでそれも出来ないと言っている人達とは無縁の次元の話。
デザインという造形的なこと以外に、生活の中で沢山の情熱を持って、それが日々のブログからも溢れているようなクリエイターって、極稀にしか出会う事が無いけれど、僕が考える「魂を持っている人」はそういう人達です。
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