日本のクリエイターたち絶賛のUNIQLOCK
デザイナーたちの多くが絶賛してブログに設置しているUNIQLOCK。時計とダンスパフォーマンスを組み合わせてブログパーツにしたというアイデアは確かに斬新で、カンヌ国際広告祭のサイバー部門においてグランプリを受賞しました。ただし「ブログパーツとして」だと思います。僕は中でパフォーマンスしている女の子たちを見る度にストレス溜まります。「うまい素人なのか、下手なプロなのか」・・・どうしても「素人がダンサーを演じてる」ようにしか見えないのです。動きに魂が入っていません。ダンスはプロフェッショナルには見えないし、学生のパフォーマンス集団だとしてもあまりに素人っぽい。あのパフォーマンスがもっとハイレベルなら、あのUNIQLOCKの評価はもっと高かったでしょうね。まぁ、第一線の音楽プロデューサーが世界に通用しないような音楽を作って成功しているような日本ですから、これぐらいは当たり前?という気もしないでも無いですが、僕には「どうしてすべてにプロフェッショナルを使って完璧なクオリティにしないのか」という疑問が、 UNIQLOCKに限らず、日本のあらゆるものに感じるのです。やっぱり親しみ易さを重んじて素人っぽい人を起用するのでしょうか(;´д` )これでは本当にその道で極めた人達の行き着くところがありません。そういう社会を我々自身が好んで作っているようなものです(子供が「将来ダンサーになりたい」と言ったら、親は「仕事なんか無いんだからやめなさい」と言うしか無いでしょう)。「ダンサーたちの踊り、素晴らしいですよね」という声も多いですが、普段どんな素晴らしいダンスを観ているのでしょうか。あの動きに「優美さ」というものは存在しません。「ダンスとは何か」が解っていないクリエイターが作った結果でしょうか。
こちらのようなパフォーマンスからは「踊っている人を演じている」などという印象は全く受けません。暗記した動きを思い出しながら動いているという感じもしません。UNIQLOCKの女の子たちは、歌謡曲の振り付けのように、指示された動きを覚えて手足を動かしているだけで、動きそのものがエネルギーを発しておらず、表情がありません。顔に表情が無いのは狙いでしょうが、動きに表情が無いのです。そこから発せられるパワーもありません。無表情でパワーも無く動いているだけですから、海外YouTuberたちから「Weird!」とか「Crazy!」と思われてしまうのも仕方ないでしょう。「素人ならしょうがないか」とは思いますが、実力の無いパフォーマーを使う意義自体が理解できません。形だけで良いという、日本のデザイン業界の特徴でしょうか。パフォーマンス自体のクオリティを気にしているクリエイターにはお目にかかったことがありません。日本のプロのレベルが低いと言われてもしょうがない気がします。
作る以前に、視る目を養うことが重要です。
関連記事:文化的な物たちの発展を妨げる原因
「 日本のクリエイターたち絶賛のUNIQLOCK 」へのコメント
その映像、まだあったんですね(笑)針飛びのレコード状態で痛々しいですね。何を伝えるのか、伝える本人が解っていないのでしょう。自分の言葉でしゃべってません。ユニクロの女の子たちも「踊らされてる感」がバリバリで、操り人形のようですが、からくり時計というコンセプトには顔の無表情さは合っているのですが、無機的な割りには動きがうまくなく、関節も硬く曲がり気味、そして機械のような正確さもありません。髪の乱れを気にしたり、カメラを意識してる感じが伝わって来て全然人形っぽくありません。しかし彼女達がいけないのではなく、これでOK出すのがおかしいのだと思います。
ユニクロの服着て無表情で楽しく無さげというのも、一体どんな人達に着て欲しいのか解りません。まるで「ユニクロの服を着ると、生活から笑顔が消えます」というメッセージのよう。優美な踊りで生き生きと表現してくれたら、素晴らしい広告だと思うのですが・・・。日本の広告って、インパクト狙いだけで、中身(本質)が無い広告ばかりで、気持が悪くなります。
ユニクロの服着て無表情で楽しく無さげというのも、一体どんな人達に着て欲しいのか解りません。まるで「ユニクロの服を着ると、生活から笑顔が消えます」というメッセージのよう。優美な踊りで生き生きと表現してくれたら、素晴らしい広告だと思うのですが・・・。日本の広告って、インパクト狙いだけで、中身(本質)が無い広告ばかりで、気持が悪くなります。
ユニクロックに対する私の印象は、
微妙な表現で申し訳ないんですが『エロい』でした。(^^;
恐らく素人っぽさというのが、
そう言う印象をかもし出してるんだと思いますが、
妙に生々しい感じがします。
moritoさんが紹介してくださってるパフォーマーですが、
こういうパフォーマンスは初めて見ましたが素晴らしいですね。
実際比較すると、紹介されてるパフォーマーとユニクロックは、
世界のトップフォトグラファーが撮影するヌード写真と、
雑誌のグラビアヌードぐらいの差がある気がしますし、
生々しさの原因が解ったようなきがします。
微妙な表現で申し訳ないんですが『エロい』でした。(^^;
恐らく素人っぽさというのが、
そう言う印象をかもし出してるんだと思いますが、
妙に生々しい感じがします。
moritoさんが紹介してくださってるパフォーマーですが、
こういうパフォーマンスは初めて見ましたが素晴らしいですね。
実際比較すると、紹介されてるパフォーマーとユニクロックは、
世界のトップフォトグラファーが撮影するヌード写真と、
雑誌のグラビアヌードぐらいの差がある気がしますし、
生々しさの原因が解ったようなきがします。
ははは(笑)「素人」「生足」「踊らされてる」がマニア的にエロチックなのかも知れませんね。確かにそういう意味では「妙に生々しい」ですね。
ダンスに関しては、僕はアメリカのTVの素人参加のコンテスト番組から「踊るという表現の意味」を教えられたという感じです。素人と言っても「職業ではない」という意味で、幼い頃からダンスを学んでいる人達です。皆5歳とか6歳から始めている人達ばかりで、前シーズンでは確か15歳から始めたという人がかなり上位まで行って視聴者を驚かし勇気も与えました。15歳では遅いほうなんですね。日本に暮らしていると解らない概念です。それぐらいエンターテインメントにかける魂が違うんですよね。
http://www.youtube.com/watch?v=axOrv3bWUtc
この番組の面白いところは、バレエ畑の人も社交ダンス畑の人も、課題をすべてクリアしなければいけないという点で、課題がヒップホップであろうと、ラテンダンスであろうと、70’sディスコであろうと、「体を使った表現」としての基本の「魂」を持っていないといけないという、確かな厳しさがあります。ジャッジもかなり厳しいです。しかし的確なアドバイスをします。昨日みた回でのジャッジの「魂が素晴らしくloudで、体が丁度そこにあった」という評価の言葉が印象的でした(こういう事を表す表現も、日本人は日常的に欠けていますね。)
確かに「素人っぽい良さ」というものも無いわけでは無いですが、それを求めてしまうと、結局彼らの行き着くところを否定してしまうんですよね。
ダンスに関しては、僕はアメリカのTVの素人参加のコンテスト番組から「踊るという表現の意味」を教えられたという感じです。素人と言っても「職業ではない」という意味で、幼い頃からダンスを学んでいる人達です。皆5歳とか6歳から始めている人達ばかりで、前シーズンでは確か15歳から始めたという人がかなり上位まで行って視聴者を驚かし勇気も与えました。15歳では遅いほうなんですね。日本に暮らしていると解らない概念です。それぐらいエンターテインメントにかける魂が違うんですよね。
http://www.youtube.com/watch?v=axOrv3bWUtc
この番組の面白いところは、バレエ畑の人も社交ダンス畑の人も、課題をすべてクリアしなければいけないという点で、課題がヒップホップであろうと、ラテンダンスであろうと、70’sディスコであろうと、「体を使った表現」としての基本の「魂」を持っていないといけないという、確かな厳しさがあります。ジャッジもかなり厳しいです。しかし的確なアドバイスをします。昨日みた回でのジャッジの「魂が素晴らしくloudで、体が丁度そこにあった」という評価の言葉が印象的でした(こういう事を表す表現も、日本人は日常的に欠けていますね。)
確かに「素人っぽい良さ」というものも無いわけでは無いですが、それを求めてしまうと、結局彼らの行き着くところを否定してしまうんですよね。
moritoさん.
私はこのUNIQLOCKについて多くを知りません.ただ,この映像を見た私の感覚では,これは日本においてそこらじゅうに存在する「性の商品化」の典型だと思います.パフォーマンスの質云々の前の問題.とにかく作り手(ダンサーではきっとないはずです)は,性を商品として売ろうとした,だから,そこを差し引くとたいして何も残らないでしょう.こういうのを見るといつも非常に心が痛みます.
私はこのUNIQLOCKについて多くを知りません.ただ,この映像を見た私の感覚では,これは日本においてそこらじゅうに存在する「性の商品化」の典型だと思います.パフォーマンスの質云々の前の問題.とにかく作り手(ダンサーではきっとないはずです)は,性を商品として売ろうとした,だから,そこを差し引くとたいして何も残らないでしょう.こういうのを見るといつも非常に心が痛みます.
えりざべすさん、こんにちは。
丁度「ローレライ」の↓この記事
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-884.html
「潜水艦に美少女はいらんだろう」「少女役が可愛いことだけが見所というのはでは情け無い」というレビューを振り返って読んでたところです。
これと同じような感じですね。かわいい素人っぽい娘出しときゃいい、みたいな。
UNIQLOCKを見た時の日本人の大人の反応と、欧米人の大人の反応の違いを考えてみました。あえて「クリエイティヴ」なものに興味がある人という想定で。日本人は多くのブログでも書かれているように、「女の子かわいい」とか、機能的な事、インターフェイス的な事に反応すると思います。丁度、今日の「デザインブログ村」に「UNIQLOCK」というタイトルでアップされた記事がありました(いまごろ取り上げるというのは、もしかしたらこの記事を読んだ方が対抗して書いているのかもしれませんが・・・)↓
>5秒おきに動画が再生されます。
>しかし、同じ動画がループしているわけではなく、
>数種類の動画が流れています。
>(さすがにひたすら違う動画というわけではない
>みたいですが・・・)
>ただの”時計”に”動画”が付いただけなんですが、
>5秒という短い時間しか流れない為に「次はどんな
>のが流れるんだろう」と手を止めて見入ってしまい
>ますね。
僕の周りの欧米人ならどんなところに反応するだろうかと考えると、恐らくパフォーマンス(ダンス)だと思います。その次にデザインや機能じゃないでしょうか。メイン(役目とか機能という意味ではなく、観る者に最初に訴えかけて来るものという意味)はダンスという表現、躍動感ですから、先ずその表現の質を見るでしょうね。デザインはクオリティ表現という考えと、デザインは見た目と機能という考えの違いでしょうか。
ダンスのクオリティが解らない小さな子供なら、動きにしか反応せず「次には何が出て来るんだろう」と思いそうですが。
丁度「ローレライ」の↓この記事
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-884.html
「潜水艦に美少女はいらんだろう」「少女役が可愛いことだけが見所というのはでは情け無い」というレビューを振り返って読んでたところです。
これと同じような感じですね。かわいい素人っぽい娘出しときゃいい、みたいな。
UNIQLOCKを見た時の日本人の大人の反応と、欧米人の大人の反応の違いを考えてみました。あえて「クリエイティヴ」なものに興味がある人という想定で。日本人は多くのブログでも書かれているように、「女の子かわいい」とか、機能的な事、インターフェイス的な事に反応すると思います。丁度、今日の「デザインブログ村」に「UNIQLOCK」というタイトルでアップされた記事がありました(いまごろ取り上げるというのは、もしかしたらこの記事を読んだ方が対抗して書いているのかもしれませんが・・・)↓
>5秒おきに動画が再生されます。
>しかし、同じ動画がループしているわけではなく、
>数種類の動画が流れています。
>(さすがにひたすら違う動画というわけではない
>みたいですが・・・)
>ただの”時計”に”動画”が付いただけなんですが、
>5秒という短い時間しか流れない為に「次はどんな
>のが流れるんだろう」と手を止めて見入ってしまい
>ますね。
僕の周りの欧米人ならどんなところに反応するだろうかと考えると、恐らくパフォーマンス(ダンス)だと思います。その次にデザインや機能じゃないでしょうか。メイン(役目とか機能という意味ではなく、観る者に最初に訴えかけて来るものという意味)はダンスという表現、躍動感ですから、先ずその表現の質を見るでしょうね。デザインはクオリティ表現という考えと、デザインは見た目と機能という考えの違いでしょうか。
ダンスのクオリティが解らない小さな子供なら、動きにしか反応せず「次には何が出て来るんだろう」と思いそうですが。
いつも楽しく読んでます。
コメント欄をみてこの記事と同じだなーと思ったので紹介します。
古いのでご存知かもしれませんけど……
http://wiredvision.jp/archives/200508/2005082503.html
コメント欄をみてこの記事と同じだなーと思ったので紹介します。
古いのでご存知かもしれませんけど……
http://wiredvision.jp/archives/200508/2005082503.html
ysさん、はじめまして。
リンク先の文章は初めて読みました。ありがとうございます。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-463.html
以前↑こちらで「農耕民族:狩猟民族」のことについて書きました。こういう分け方自体、必要なのかどうかは疑問ですが、確かに民族的な違いは「見かた」に現われていますよね。
何百年という時間をかけて形成された習慣や価値観というものも影響するとは思います。一方、10年程前に普及し始めた携帯電話によって、日本人が電車に乗っていても、レストランで食事中でも、自転車に乗っていてもメールチェックをするような、だらしない人種になってしまったのは、元々そういう体質があったのか、それとも突発的変化なのか、興味深いところではあります。
UNIQLOCKでダンスの質に目が行く西洋人と、女の子のルックスやインターフェイスに目が行く日本人。これにはダンスへの関心というものも影響するし、ダンスが日常(生活やメディア)の中にあるかという事も関係するでしょうね。もちろんダンスが日常にあるかどうかという背景には「関心がある」「大切にしている」という要素が無くてはならないわけで、教養や知識が影響するものです。例えば「一日でオペラに詳しくなる」なんて事は有りえないですもんね。知識や教養も、時間をかけて培われるもので、「文化」というものは、むしろそういう事の表れだと思うのです。
よく取り上げる「日本のTVはどのチャンネルをつけても同じようなものしか無い」に関しても、教養が無いからタレントのお笑いにしか関心が無いのか、タレントのお笑いばかりだから様々な教養を育むチャンスを失っているのか、どちらなのか解りませんが・・・。
リンク先の文章は初めて読みました。ありがとうございます。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-463.html
以前↑こちらで「農耕民族:狩猟民族」のことについて書きました。こういう分け方自体、必要なのかどうかは疑問ですが、確かに民族的な違いは「見かた」に現われていますよね。
何百年という時間をかけて形成された習慣や価値観というものも影響するとは思います。一方、10年程前に普及し始めた携帯電話によって、日本人が電車に乗っていても、レストランで食事中でも、自転車に乗っていてもメールチェックをするような、だらしない人種になってしまったのは、元々そういう体質があったのか、それとも突発的変化なのか、興味深いところではあります。
UNIQLOCKでダンスの質に目が行く西洋人と、女の子のルックスやインターフェイスに目が行く日本人。これにはダンスへの関心というものも影響するし、ダンスが日常(生活やメディア)の中にあるかという事も関係するでしょうね。もちろんダンスが日常にあるかどうかという背景には「関心がある」「大切にしている」という要素が無くてはならないわけで、教養や知識が影響するものです。例えば「一日でオペラに詳しくなる」なんて事は有りえないですもんね。知識や教養も、時間をかけて培われるもので、「文化」というものは、むしろそういう事の表れだと思うのです。
よく取り上げる「日本のTVはどのチャンネルをつけても同じようなものしか無い」に関しても、教養が無いからタレントのお笑いにしか関心が無いのか、タレントのお笑いばかりだから様々な教養を育むチャンスを失っているのか、どちらなのか解りませんが・・・。
はじめまして。
さきほどuniqlockを初めてみました。
何か遅すぎて恥ずかしいですが。
僕は広告に携わる人間なのですが(それなのに今日初めて!)、おそらく
あの無機質な感じは狙いだと思いますよ。
飽くまで「時計」としてのパーツという位置づけですから、
時計本来のひんやりした感じを出したかったんじゃないでしょうか。
勘というか、僕でもこう作るなと思っただけなんでハズレかもしれない
ですけど。。。広告って感情の駆け引きも大事なんです。
感情のこもったダンスなら、すぐお腹いっぱいになって、ぼんやり眺めて
もらおうという企みが潰れてしまいますから。
素晴らしいプロのパフォーマンスはまた別モノなんだと思います。
検索で辿りついただけの者ですが、ちょっと考えさせられるエントリー
だったので思わずコメントさせていただきました。
失礼しました。
さきほどuniqlockを初めてみました。
何か遅すぎて恥ずかしいですが。
僕は広告に携わる人間なのですが(それなのに今日初めて!)、おそらく
あの無機質な感じは狙いだと思いますよ。
飽くまで「時計」としてのパーツという位置づけですから、
時計本来のひんやりした感じを出したかったんじゃないでしょうか。
勘というか、僕でもこう作るなと思っただけなんでハズレかもしれない
ですけど。。。広告って感情の駆け引きも大事なんです。
感情のこもったダンスなら、すぐお腹いっぱいになって、ぼんやり眺めて
もらおうという企みが潰れてしまいますから。
素晴らしいプロのパフォーマンスはまた別モノなんだと思います。
検索で辿りついただけの者ですが、ちょっと考えさせられるエントリー
だったので思わずコメントさせていただきました。
失礼しました。
OZさん、はじめまして。
「お腹いっぱい」は言葉としては解りますが、単なる理屈のような気がします。別にあの小さな枠の中で大々的なオペラのような大感動を求めようとは思いません。「素晴らしいプロのパフォーマンス」はそんな大袈裟なものとは限りません。涙を流すような大感動などで無くても良いのです。このエントリーの2つ目の映像は「お腹いっぱい」になりますか?(「お腹いっぱいになる表現」という意味は解らなくは無いので、その点にも注意して、似たタイプのパフォーマンスを選んだつもりです)「面白い」「うまい」「すごい」、人に訴えかけるのはそこで、それを表現する技術のある人が求められるのだと思います。無機質な「ひんやりした感じ」というのは解ります。ですが、それは技術を持った人達にも表現できる、いえ、技術を持っているから表現できるものだと思います。UNIQLOCKでは「素人っぽさを出したい」という部分しか感じません。もちろんそれが一番のテーマなら、それは成功なのでしょう。「ぼんやり眺めてもらおうという企み」だとしたら、このブログパーツを見て「素晴らしいダンスですね」と感動している多くの人達を獲得してしまった事は大失敗という事になります。とにかく、どれを取っても言い訳がましくなってしまい、本当に表現しようと思ったものが伝わらないのです。
僕はUNIQLOCKのパフォーマンスを見て、アメリカの(さまざまなダンス表現が生活の中に身近に存在する)小学生による表現プロジェクトのように感じました。恐らく小学生でも練習すればあれぐらいの動きは「素人っぽさ」を残しながら出来ると思います。そしてその場合「一生懸命さ」が観る人の注目を集め、心に訴えかけるでしょう。本場の演劇を観た時の感動とはもちろん違います。はたまた、無機質な奇妙さならマルセル・マルソーのようなパフォーマーが演じれば、無機質さも奇妙さも完璧に表現出来たでしょう。
「ユニクロの服を着ながら、楽しそうでも生き生きとしているわけでも無い」という部分はどう説明出来るでしょうか。果たしてそれが店の商品アピール(単なる宣伝としての話題性/露出度とかじゃなくて、ユニクロが衣類を通して本当に人々に提供したい生活)にとってプラスなのでしょうか。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-884.html
↑まるでこちらのエントリーの一般の方々の『アニメをやりたいのならアニメで勝負すればいい。実写とCG(いや、アニメ)のルックが全く統一されておらず、映画の基本がその段階で崩れている。説得力ゼロだ。』とか『潜水艦に美少女はいらんだろう。』とか『各戦闘シーンごとにまるで製作者が"これは自分が作りました!"と自己主張しているかのように実写とCGがハッキリと分かれている映像にはすごく抵抗を感じました。』という意見のような、「ブログパーツ作りました」という作り手と、ユニクロの商品自体のイメージ(決して「ひんやり感」など出したいと思っていないはず)との主張の統一感の無さが、とても気になるのです。「さまざまな捉え方が出来る」と逃げる事もできますが、そういうのは能力の無い仕事人の、お決まりの言い訳だと思うのです。
「無機質」が「下手」である必要はなく、「素人っぽい」と「無機質」が妙に合致しないのです。それが「素人がダンサーを演じているように見える」と僕が感じた理由です。素人風、しかも確かにヘタ、それなのに一流ダンサーを気取ってる演じ方なのです。結局は「そのバランスの悪さやヘタさが気にならない人向け」って事なのです。そういうヒットの仕方が良い事かどうかという事は、クリエイター自身のプライドにも寄りますが・・・とにかく、良い物をひたすら追究する真のクリエイターなら、より良いものを求めるために常に「これではいけない」とさらに上を目指すものだし、逆に「これで良いんですよ」というのはクリエイティヴ精神では無いと思います。(ちなみに最新のヴァージョンは少し改善されているように思います。)「自分ならもっと良いものが作れる」というぐらいの切磋琢磨の精神がいまの日本の現場には必要だと思うのです。
ご意見ありがとうございます。お陰で自分が感じていた事をさらに説明することが出来ました。とにかく「満足したら成長は止まる」のです。自分にとって「これはダメだ」と思うものから学び、それ以上のものを作りたいという活力源になるのです。決して単なる否定では無いのです。
「お腹いっぱい」は言葉としては解りますが、単なる理屈のような気がします。別にあの小さな枠の中で大々的なオペラのような大感動を求めようとは思いません。「素晴らしいプロのパフォーマンス」はそんな大袈裟なものとは限りません。涙を流すような大感動などで無くても良いのです。このエントリーの2つ目の映像は「お腹いっぱい」になりますか?(「お腹いっぱいになる表現」という意味は解らなくは無いので、その点にも注意して、似たタイプのパフォーマンスを選んだつもりです)「面白い」「うまい」「すごい」、人に訴えかけるのはそこで、それを表現する技術のある人が求められるのだと思います。無機質な「ひんやりした感じ」というのは解ります。ですが、それは技術を持った人達にも表現できる、いえ、技術を持っているから表現できるものだと思います。UNIQLOCKでは「素人っぽさを出したい」という部分しか感じません。もちろんそれが一番のテーマなら、それは成功なのでしょう。「ぼんやり眺めてもらおうという企み」だとしたら、このブログパーツを見て「素晴らしいダンスですね」と感動している多くの人達を獲得してしまった事は大失敗という事になります。とにかく、どれを取っても言い訳がましくなってしまい、本当に表現しようと思ったものが伝わらないのです。
僕はUNIQLOCKのパフォーマンスを見て、アメリカの(さまざまなダンス表現が生活の中に身近に存在する)小学生による表現プロジェクトのように感じました。恐らく小学生でも練習すればあれぐらいの動きは「素人っぽさ」を残しながら出来ると思います。そしてその場合「一生懸命さ」が観る人の注目を集め、心に訴えかけるでしょう。本場の演劇を観た時の感動とはもちろん違います。はたまた、無機質な奇妙さならマルセル・マルソーのようなパフォーマーが演じれば、無機質さも奇妙さも完璧に表現出来たでしょう。
「ユニクロの服を着ながら、楽しそうでも生き生きとしているわけでも無い」という部分はどう説明出来るでしょうか。果たしてそれが店の商品アピール(単なる宣伝としての話題性/露出度とかじゃなくて、ユニクロが衣類を通して本当に人々に提供したい生活)にとってプラスなのでしょうか。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-884.html
↑まるでこちらのエントリーの一般の方々の『アニメをやりたいのならアニメで勝負すればいい。実写とCG(いや、アニメ)のルックが全く統一されておらず、映画の基本がその段階で崩れている。説得力ゼロだ。』とか『潜水艦に美少女はいらんだろう。』とか『各戦闘シーンごとにまるで製作者が"これは自分が作りました!"と自己主張しているかのように実写とCGがハッキリと分かれている映像にはすごく抵抗を感じました。』という意見のような、「ブログパーツ作りました」という作り手と、ユニクロの商品自体のイメージ(決して「ひんやり感」など出したいと思っていないはず)との主張の統一感の無さが、とても気になるのです。「さまざまな捉え方が出来る」と逃げる事もできますが、そういうのは能力の無い仕事人の、お決まりの言い訳だと思うのです。
「無機質」が「下手」である必要はなく、「素人っぽい」と「無機質」が妙に合致しないのです。それが「素人がダンサーを演じているように見える」と僕が感じた理由です。素人風、しかも確かにヘタ、それなのに一流ダンサーを気取ってる演じ方なのです。結局は「そのバランスの悪さやヘタさが気にならない人向け」って事なのです。そういうヒットの仕方が良い事かどうかという事は、クリエイター自身のプライドにも寄りますが・・・とにかく、良い物をひたすら追究する真のクリエイターなら、より良いものを求めるために常に「これではいけない」とさらに上を目指すものだし、逆に「これで良いんですよ」というのはクリエイティヴ精神では無いと思います。(ちなみに最新のヴァージョンは少し改善されているように思います。)「自分ならもっと良いものが作れる」というぐらいの切磋琢磨の精神がいまの日本の現場には必要だと思うのです。
ご意見ありがとうございます。お陰で自分が感じていた事をさらに説明することが出来ました。とにかく「満足したら成長は止まる」のです。自分にとって「これはダメだ」と思うものから学び、それ以上のものを作りたいという活力源になるのです。決して単なる否定では無いのです。
完璧って一体なんなんでしょうか。
完璧の意味が解らなくなりました。
今日の完璧と明日の完璧は違うのではないのでしょうか。
もちろん昔の完璧と今の完璧も違うのでは。
表現方法が問題なのではなく、形が問題なのではく、あなたが言う完璧というものが存在するのであれば、それを追い求めているエネルギーが美しいのではないでしょうか。
それは昔も今もこの先もずっと存在し続けると思います。
それが創作だと私は思います。
この作品からはそのエネルギーを感じることは出来ました。
完璧の意味が解らなくなりました。
今日の完璧と明日の完璧は違うのではないのでしょうか。
もちろん昔の完璧と今の完璧も違うのでは。
表現方法が問題なのではなく、形が問題なのではく、あなたが言う完璧というものが存在するのであれば、それを追い求めているエネルギーが美しいのではないでしょうか。
それは昔も今もこの先もずっと存在し続けると思います。
それが創作だと私は思います。
この作品からはそのエネルギーを感じることは出来ました。
pink goriraさん、はじめまして。
完璧の意味、解らなくなりましたか。
完璧は個人の中と、高いレベルを知る観衆の中にあるものだと思います。個人の中のそれは、次のレベルが見えれば、その先に行くこと。見えなければ、そのレベルが個人の完璧として留まってしまうでしょう。しかしいくら個人のその完璧に留まっても、その道というものがある以上、「完璧」と言って満足しても、多くの人は認めません。人類と言うと大袈裟に聞こえるかも知れませんが、国境に関係無く世界中のあらゆる人々が頂点を目指してその完璧のレベルを上げています。その製作に関わる人達だけでなく、観る人達にもそれは解るものです。そういった人達に「こんなレベルの低いものではねぇ」と言われてしまうプロだとしたら、そのレベルなのです。それでも「頑張ってます」「これは自分の完璧です」とは言えます。勿論、観る側にも「これって完璧ですね」「凄いですね」と言う人達は居るかもしれません。しかし、それに甘えず、次のレベルを自ら追究するのがプロであるべきで、その眼力が素人以下だったら、それは単なる「甘さ」です。素人に弁護されるようではいけないと思うのです。こういうダンスに関して、日本は土壌さえちゃんと出来ておらず、エンターテインメントとしても確立しておらず、それは周りを見渡してみても解る現状です。だから観る目が肥えないのもある意味仕方ないのですが、作る側が「こんな程度じゃいけない」という強い精神を持っていないと成長も無いということです。
「完璧などない」という言葉は奇麗でフェアに聞こえますが、個人レベル(またはその周辺)でしか通用せず、その道で人類の可能性の限界というか、高いレベルで極めているトップレベルの「層」というものがあり、それが一般にいう「完璧」ではないでしょうか。それを知らないのも、知ろうとしないのも自由ですし、その「完璧」に挑まないのも自由ですが、極めているトップクラスの層とそれを堪能する観衆(その道を極めるプロを育む存在です)というのは確実に存在する。そういう厳しい眼に挑むことが大事なのだと思いますよ。
完璧の意味、解らなくなりましたか。
完璧は個人の中と、高いレベルを知る観衆の中にあるものだと思います。個人の中のそれは、次のレベルが見えれば、その先に行くこと。見えなければ、そのレベルが個人の完璧として留まってしまうでしょう。しかしいくら個人のその完璧に留まっても、その道というものがある以上、「完璧」と言って満足しても、多くの人は認めません。人類と言うと大袈裟に聞こえるかも知れませんが、国境に関係無く世界中のあらゆる人々が頂点を目指してその完璧のレベルを上げています。その製作に関わる人達だけでなく、観る人達にもそれは解るものです。そういった人達に「こんなレベルの低いものではねぇ」と言われてしまうプロだとしたら、そのレベルなのです。それでも「頑張ってます」「これは自分の完璧です」とは言えます。勿論、観る側にも「これって完璧ですね」「凄いですね」と言う人達は居るかもしれません。しかし、それに甘えず、次のレベルを自ら追究するのがプロであるべきで、その眼力が素人以下だったら、それは単なる「甘さ」です。素人に弁護されるようではいけないと思うのです。こういうダンスに関して、日本は土壌さえちゃんと出来ておらず、エンターテインメントとしても確立しておらず、それは周りを見渡してみても解る現状です。だから観る目が肥えないのもある意味仕方ないのですが、作る側が「こんな程度じゃいけない」という強い精神を持っていないと成長も無いということです。
「完璧などない」という言葉は奇麗でフェアに聞こえますが、個人レベル(またはその周辺)でしか通用せず、その道で人類の可能性の限界というか、高いレベルで極めているトップレベルの「層」というものがあり、それが一般にいう「完璧」ではないでしょうか。それを知らないのも、知ろうとしないのも自由ですし、その「完璧」に挑まないのも自由ですが、極めているトップクラスの層とそれを堪能する観衆(その道を極めるプロを育む存在です)というのは確実に存在する。そういう厳しい眼に挑むことが大事なのだと思いますよ。
お返事ありがとうございます。
そうですね、moritoさんの言う通り創る者は追求しなくてはならないし、自己満足で終わってはならないと思います。
しかし、観客をなめてはいけない気がします。観客を選んでしまったら、もうすでにそれは完璧と言いましょうか、絶対的なものではなくなってしまう気がします。
完璧という絶対的なものがあるのならばそれは芸術というカテゴリーから飛び出すことになり、芸術に触れていない人(高いレベルを知る人)に留まらず、人類全員に伝わるのではないでしょうか。
おそらくこの作品はダンスという小さい枠組みで創っておらず、ダンスはひとつの素材なのであって、ダンスだけを切り離して観るものではないという気がします。
ダンス自体が絶対的なもので無くとも、このダンスを扱うことにより作品全体が絶対的なもの、それを創りだそうとするエネルギーが発していれば良いのではないでしょうか。
素晴らしい素材のものばかり集めたところで、素晴らしい作品が出来るとは限らないと思いました。
そうですね、moritoさんの言う通り創る者は追求しなくてはならないし、自己満足で終わってはならないと思います。
しかし、観客をなめてはいけない気がします。観客を選んでしまったら、もうすでにそれは完璧と言いましょうか、絶対的なものではなくなってしまう気がします。
完璧という絶対的なものがあるのならばそれは芸術というカテゴリーから飛び出すことになり、芸術に触れていない人(高いレベルを知る人)に留まらず、人類全員に伝わるのではないでしょうか。
おそらくこの作品はダンスという小さい枠組みで創っておらず、ダンスはひとつの素材なのであって、ダンスだけを切り離して観るものではないという気がします。
ダンス自体が絶対的なもので無くとも、このダンスを扱うことにより作品全体が絶対的なもの、それを創りだそうとするエネルギーが発していれば良いのではないでしょうか。
素晴らしい素材のものばかり集めたところで、素晴らしい作品が出来るとは限らないと思いました。
観客をなめてはいません。むしろ観客を選ぶことになるのは、本質が解らない人達の「良いんじゃないですか」という言葉を選んでしまう甘えのほうです。例えば、このCMの製作スタッフが、もっと良い物を作るにはどうしたら良いかと考えるとします。そしたら、レベル的に足りてない部分を上げるのが最優先であり、そのためにはそれぞれのスタッフのレベルを上げる(ブレイン入れ替えという手段もあるし、ブレイン自身にもっと勉強してもらう事なども考えられますが、即席で出来る事では無いので、より深い知識や経験を持った人物に入れ替える→「起用する」のが一般的でしょう)ことです。ダンスに精通しているプロ/アマ問わず、どうしたらもっと良くなるかを論じてもらうのもとても大切でしょう。
「WILCOMコマーシャル」のエントリーで書いたように、ここに違和感がある、こうすればもっと良くなる、ということを、視る目のある素人から指摘されてしまうのではプロではありません。「とても良いと思う」という観客の意見に甘える事は、むしろ「観客を選ぶ」ことになるのです。
「ダンスはひとつの素材なのであって、ダンスだけを切り離して観るものではない」に関してですが、料理の素材のようなものであって、素材のひとつの質が悪くても結果おいしければ良いというのは正しそうに聞こえますが、本当のプロならそんな精神で作りません。結局は、その辺の甘さがこのCMの問題点の核心なのだと思うのですよ。「別に不味いとは思いませんけど」という客の言葉に甘えているのです。本当に味の解る人なら、口に含んだ瞬間に「この素材がどうおかしい」と指摘するでしょう。そしてそこをクリアすれば、完璧になれる事を知っています。つまり「ダンス自体が絶対的なもので無くとも、このダンスを扱うことにより作品全体が絶対的なもの、それを創りだそうとするエネルギーが発していれば良いのではないでしょうか。」は、「素材自体が絶対的なもので無くても、その素材を扱うことにより料理自体が絶対的なもの、それを創り出そうというエネルギーが発していれば」というのと同じで、その記述の段階で、すでにいくつかの矛盾(というか甘さ)があるのだと思います。もちろん、一流の料理を作る人も三流の料理を作る人も居ますし、良くも悪くも理由(原因)というのは必ず存在します。三流でも、そのシェフはすべての力を出して頑張っている(と思っている)し、その店に来て毎日食べる客もいるでしょう。もしかしたら、そういう料理人に「一流になるには」なんて意見を提案しても、煩がられるか、現状である言い訳をされるかもしれません。恐らく「すべての人に美味しいものなんて無い」とか「頑張ってるエネルギーを感じてもらえないのか」と言い訳するでしょう。でも、そういう返事が返って来たら、もう放って置くしか無いでしょうね。意見する意味もありません。この件に関してもその意味は無かったのかもしれませんね。
>素晴らしい素材のものばかり集めたところで、素晴らしい作品が出来るとは限らないと思いました。
これは、素晴らしい素材を集めて素晴らしい素材を作ってから言うべきだと思いますよ。それをする事にどれだけの努力が必要か、やって見て、実証したら、その時はもうそんな事は言ってないと思いますけど。
「WILCOMコマーシャル」のエントリーで書いたように、ここに違和感がある、こうすればもっと良くなる、ということを、視る目のある素人から指摘されてしまうのではプロではありません。「とても良いと思う」という観客の意見に甘える事は、むしろ「観客を選ぶ」ことになるのです。
「ダンスはひとつの素材なのであって、ダンスだけを切り離して観るものではない」に関してですが、料理の素材のようなものであって、素材のひとつの質が悪くても結果おいしければ良いというのは正しそうに聞こえますが、本当のプロならそんな精神で作りません。結局は、その辺の甘さがこのCMの問題点の核心なのだと思うのですよ。「別に不味いとは思いませんけど」という客の言葉に甘えているのです。本当に味の解る人なら、口に含んだ瞬間に「この素材がどうおかしい」と指摘するでしょう。そしてそこをクリアすれば、完璧になれる事を知っています。つまり「ダンス自体が絶対的なもので無くとも、このダンスを扱うことにより作品全体が絶対的なもの、それを創りだそうとするエネルギーが発していれば良いのではないでしょうか。」は、「素材自体が絶対的なもので無くても、その素材を扱うことにより料理自体が絶対的なもの、それを創り出そうというエネルギーが発していれば」というのと同じで、その記述の段階で、すでにいくつかの矛盾(というか甘さ)があるのだと思います。もちろん、一流の料理を作る人も三流の料理を作る人も居ますし、良くも悪くも理由(原因)というのは必ず存在します。三流でも、そのシェフはすべての力を出して頑張っている(と思っている)し、その店に来て毎日食べる客もいるでしょう。もしかしたら、そういう料理人に「一流になるには」なんて意見を提案しても、煩がられるか、現状である言い訳をされるかもしれません。恐らく「すべての人に美味しいものなんて無い」とか「頑張ってるエネルギーを感じてもらえないのか」と言い訳するでしょう。でも、そういう返事が返って来たら、もう放って置くしか無いでしょうね。意見する意味もありません。この件に関してもその意味は無かったのかもしれませんね。
>素晴らしい素材のものばかり集めたところで、素晴らしい作品が出来るとは限らないと思いました。
これは、素晴らしい素材を集めて素晴らしい素材を作ってから言うべきだと思いますよ。それをする事にどれだけの努力が必要か、やって見て、実証したら、その時はもうそんな事は言ってないと思いますけど。
Re: 日本のクリエイターたち絶賛のUNIQLOCK
誰でもお手頃に手に入れられて、そこそこ品質がいいもの。
ヴィトンやグッチとコンセプトが違う商品コンセプトをよく表現していていいと思います。
確かに、ユニクロがたくさん売れてる国ですが、ヴィトンがたくさん売れてる国でもあります。
これはこれ、あれはあれ、って考えてもいいのかなと思いました。
(まぁ、ヴィトンが本質的な品質の良さで日本人が買ってるのではないかもしれないですが 笑)
ヴィトンやグッチとコンセプトが違う商品コンセプトをよく表現していていいと思います。
確かに、ユニクロがたくさん売れてる国ですが、ヴィトンがたくさん売れてる国でもあります。
これはこれ、あれはあれ、って考えてもいいのかなと思いました。
(まぁ、ヴィトンが本質的な品質の良さで日本人が買ってるのではないかもしれないですが 笑)
Re: 日本のクリエイターたち絶賛のUNIQLOCK
こへさん、はじめまして。
こへさんのブログの明かりのエントリーを拝見しました。
是非↓こちらにも目を通してみてください。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-290.html
こへさんのブログの明かりのエントリーを拝見しました。
是非↓こちらにも目を通してみてください。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-290.html
Re: 日本のクリエイターたち絶賛のUNIQLOCK
いや、なんか自分が感じていたUNIQLOCKへの違和感を言葉にしてもらった感じがします。
ブログの端っこに、ちらちらと見ても面白くもないダンスが表示され、特に実用性も無いのになんでこんなに絶賛されるのだろう?と思っていたのですが、読み進むうちにどんどん言葉が重なってきました。
個人的にはこういった一方的なブログパーツは今回限りにして欲しいものです・・・。
どうせ素人で時計としての実用性を求めるならこれぐらい割り切って貰った方がすっきりします。
http://www.bijint.com/
ブログの端っこに、ちらちらと見ても面白くもないダンスが表示され、特に実用性も無いのになんでこんなに絶賛されるのだろう?と思っていたのですが、読み進むうちにどんどん言葉が重なってきました。
個人的にはこういった一方的なブログパーツは今回限りにして欲しいものです・・・。
どうせ素人で時計としての実用性を求めるならこれぐらい割り切って貰った方がすっきりします。
http://www.bijint.com/
Re: 日本のクリエイターたち絶賛のUNIQLOCK
句読点さま、はじめまして。
「美人時計」はコンセプトがハッキリしていますね(笑)
UNIQLOCKにストレスを感じるのは、コンセプトに一貫性が無く、思いつきで進めてるのを感じるからかもしれません。上手いダンスを見せようとしているのか、素人っぽいダンスを見せようとしているのか。素人っぽい方が意図だとすれば「素晴らしいダンスです」って言われちゃうのはハズレだし、素晴らしいダンスが意図だとしたら、あまりにも下手くそです。無機質で冷淡で踊らされてるロボット少女達を表現してるとしたら、衣料メーカーとしては決してそんなの望んでないと思うし。ブログ・パーツとしては「斬新で面白いアイデア」だと思います(もう「思いました」ですね)。その点は認めるのですが、記事の中で書いたように、踊り人形のように踊るのなら、人間に出来ないような(人形だから出来る超人的な)動きを見せて欲しい。ところがUNIQLOCKで見えるのは、イマイチな動きと、髪が顔にかかるのを気にしてるのが感じられるダンサーたちです。そこに居るのは「感情の無い人形のようなダンサー」ではなく「感情の無い人形のようなダンサーを演じようとしている素人の子たち」です。この2つの違いが解る人には、とても気持が悪いのです。上の方で、しまさんがコメントしてくれたように素人の女の子の「エロさ」を出したいなら、まぁ納得なんですが・・・そういう(次元)のを見たいだけの人達には恐らく多いにアピールしているんでしょうね(笑)
「下手」が意図的なものなら、下手に一貫性があるべきですが、少しずつうまくなってる気がするし、そういうところにも一貫性が感じられず、意図がハッキリしません(というか、やっぱり作ってる側が、どれほどの下手さなのか気付いていないのではないかと思う)。さらに、iPhone/iPodTouch用のアプリまで出ているのですが、そちらは重過ぎてとても不評です(そんな状況でもベタぼめの人達も居ますが)。人のブログを訪れた時に隅で踊ってるクロックがある・・・ UNIQLOCKが評価されたのは、そういう「ブログパーツとしての面白さ」だと思うのですが、何を勘違いしてしまったか、わざわざアプリケーションとして全く使えないものを出すという行動に出ているようです。こうなって来ると、一体何をやりたいのか、見てる側も解らなくなって来るし、作ってる側もそれが解っていない事は明らかです。
「美人時計」はコンセプトがハッキリしていますね(笑)
UNIQLOCKにストレスを感じるのは、コンセプトに一貫性が無く、思いつきで進めてるのを感じるからかもしれません。上手いダンスを見せようとしているのか、素人っぽいダンスを見せようとしているのか。素人っぽい方が意図だとすれば「素晴らしいダンスです」って言われちゃうのはハズレだし、素晴らしいダンスが意図だとしたら、あまりにも下手くそです。無機質で冷淡で踊らされてるロボット少女達を表現してるとしたら、衣料メーカーとしては決してそんなの望んでないと思うし。ブログ・パーツとしては「斬新で面白いアイデア」だと思います(もう「思いました」ですね)。その点は認めるのですが、記事の中で書いたように、踊り人形のように踊るのなら、人間に出来ないような(人形だから出来る超人的な)動きを見せて欲しい。ところがUNIQLOCKで見えるのは、イマイチな動きと、髪が顔にかかるのを気にしてるのが感じられるダンサーたちです。そこに居るのは「感情の無い人形のようなダンサー」ではなく「感情の無い人形のようなダンサーを演じようとしている素人の子たち」です。この2つの違いが解る人には、とても気持が悪いのです。上の方で、しまさんがコメントしてくれたように素人の女の子の「エロさ」を出したいなら、まぁ納得なんですが・・・そういう(次元)のを見たいだけの人達には恐らく多いにアピールしているんでしょうね(笑)
「下手」が意図的なものなら、下手に一貫性があるべきですが、少しずつうまくなってる気がするし、そういうところにも一貫性が感じられず、意図がハッキリしません(というか、やっぱり作ってる側が、どれほどの下手さなのか気付いていないのではないかと思う)。さらに、iPhone/iPodTouch用のアプリまで出ているのですが、そちらは重過ぎてとても不評です(そんな状況でもベタぼめの人達も居ますが)。人のブログを訪れた時に隅で踊ってるクロックがある・・・ UNIQLOCKが評価されたのは、そういう「ブログパーツとしての面白さ」だと思うのですが、何を勘違いしてしまったか、わざわざアプリケーションとして全く使えないものを出すという行動に出ているようです。こうなって来ると、一体何をやりたいのか、見てる側も解らなくなって来るし、作ってる側もそれが解っていない事は明らかです。
最近uniqlock知りました(遅いですが・・・)
私は広告デザインの世界にいるものですが、
はじめてuniqlockを見た時、「スゴイ」と思いましたよ僕は。
確実に狙いの演出ですが、ぼくは好きですよ。
この雰囲気。純粋に。
「広告」としての役割は十分出し切っています。
つまり万人レベルでは。
広告はそれで良いと思います。
芸術ではないので。
でも僕も「エロさ」の印象は確かに強いですね。
ある意味、芸能路線ですよね。
私は広告デザインの世界にいるものですが、
はじめてuniqlockを見た時、「スゴイ」と思いましたよ僕は。
確実に狙いの演出ですが、ぼくは好きですよ。
この雰囲気。純粋に。
「広告」としての役割は十分出し切っています。
つまり万人レベルでは。
広告はそれで良いと思います。
芸術ではないので。
でも僕も「エロさ」の印象は確かに強いですね。
ある意味、芸能路線ですよね。
maroさま、はじめまして。コメントありがとうございます。返信を考えてみましたが、一つ前の自分の書き込みと全く同じ事を言う事になりそうなので省略させていただきます。補足ですが、僕も最初にブログパーツとしてユニクロックを見た時は斬新なアイデアで、ブログパーツとして面白いと思いましたし、ブログパーツとして賞を取ったのも納得なのです。ただ、ダンスのクオリティを見て矛盾を感じる(どちらかハッキリしない点が気持が悪い)のです。「万人レベルでは」というのは、正確には「ダンスの(特にテクニック面での)優美さ等が日常的にTVなどでの馴染みが薄い日本での万人レベルでは」だと思うのです。当然、気にならなければそれで良いのでしょうけれど、気になる人もいると思います・・・その人達が「感性や知識の乏しい人達」なら全く問題はありませんが、その逆というところにクリエイター(作り手側)としての誇りという部分で問いたいのです。別に「これで良いと思いますよ」という人達に対して「良いと思っちゃダメです」なんて僕は言いたいわけじゃないのです。つい最近発見した、制作の裏話的な記事で、「振り付け師は指先まで細かく指導した」というような事が書かれていて、「ン?指先には神経を尖らすのに、全体的な動きには尖らせないの?」と思いました・・・気になるのはそういうアンバランスさというか、矛盾です。いっそ「わざと踊れない人達を起用し、素人っぽい下手さを強調しました」と言われたほうが納得出来るのですが、そうではなく、作ってる側は「素晴らしいダンス」と思ってるようなので、僕的にはそういう部分でハッキリしないのがどうも・・・という感じなのです。
>広告はそれで良いと思います。
>芸術ではないので
「芸術」であっても、それが人々にアピールすれば「広告」としてしっかり成り立ちます。「芸術」と「広告」は対極では無いと思います。
>広告はそれで良いと思います。
>芸術ではないので
「芸術」であっても、それが人々にアピールすれば「広告」としてしっかり成り立ちます。「芸術」と「広告」は対極では無いと思います。
目に見えない「何か」とか
すいません。上のコメントは読んでないので、
先に書いた人はこのコメント気にしないでください。
表情がなく、「エネルギーのない」彼女たちの動きは、
ほんとに人形のように見え、
そのエグいまでの気持ち悪さが逆に、
ある「何か」を引き立たせているようにも思います。
その「何か」は、僕の中にある「何か」であり、
ユニクロックを作った人たちの「何か」である
と思います。
この「何か」があるから人は引きつけられるのでは
美術館に飾ってある有名な絵画と同じです
先に書いた人はこのコメント気にしないでください。
表情がなく、「エネルギーのない」彼女たちの動きは、
ほんとに人形のように見え、
そのエグいまでの気持ち悪さが逆に、
ある「何か」を引き立たせているようにも思います。
その「何か」は、僕の中にある「何か」であり、
ユニクロックを作った人たちの「何か」である
と思います。
この「何か」があるから人は引きつけられるのでは
美術館に飾ってある有名な絵画と同じです
だったら良いんですけどね〜〜(笑)
同じように気持ちの悪い日本のドラマや吹き替えなども、
「何か」を狙った芸術なのかもしれません・・・(汗)
でも二言目には「デザインや広告は芸術じゃない」と言いたがる業界人たちの言葉とは矛盾してしまいます。「何か」とボカして受取手に委ねるほうが楽ですね(最初の基本コンセプトなんて、受け取られ方次第によって、取り去ってしまえば良いわけで・・・僕の言う「気持ち悪さ」というのは見た目の気持ち悪さではなく、そんな一貫性の無さという気持ち悪さなのです)。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-1612.html
その「気持ち悪さ」は同質だと僕は感じるのです・・・。でもまぁ、出来の悪さを指摘されたら「芸術」にしてしまえば、もう何でもありですね(汗)
同じように気持ちの悪い日本のドラマや吹き替えなども、
「何か」を狙った芸術なのかもしれません・・・(汗)
でも二言目には「デザインや広告は芸術じゃない」と言いたがる業界人たちの言葉とは矛盾してしまいます。「何か」とボカして受取手に委ねるほうが楽ですね(最初の基本コンセプトなんて、受け取られ方次第によって、取り去ってしまえば良いわけで・・・僕の言う「気持ち悪さ」というのは見た目の気持ち悪さではなく、そんな一貫性の無さという気持ち悪さなのです)。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-1612.html
その「気持ち悪さ」は同質だと僕は感じるのです・・・。でもまぁ、出来の悪さを指摘されたら「芸術」にしてしまえば、もう何でもありですね(汗)
ひどいいい加減な書き込みですいません。
僕の中では、芸術は「何か」にしかすぎませんでした。
脳で理解できないものは「何か」でしかないかなと
リンク先の記事読みました。
プロってなかなかいないんですよね
僕のまわりにも、プロと呼べる人はほんと少ないです
なんでもかんでもプロがつくっているというわけでも
ありません。
でもプロである自覚と、自分は曲げないでください
僕の中では、芸術は「何か」にしかすぎませんでした。
脳で理解できないものは「何か」でしかないかなと
リンク先の記事読みました。
プロってなかなかいないんですよね
僕のまわりにも、プロと呼べる人はほんと少ないです
なんでもかんでもプロがつくっているというわけでも
ありません。
でもプロである自覚と、自分は曲げないでください
マッチさま
前の書き込みでは「だったら良いんですけどね〜」という引用なしの文体にしたかったので、一旦「はじめまして」と書いてから書き直しました(汗)どうも、はじめまして。
言葉にできない「何か」というのは確かにとても大事な事ですね。しかし、それを悪用する人たちも多く、矛盾やいい加減さによる説明できなさを「言葉にできない何か」としてしまう人たちも多いんですよね。広告ですから、これを良いと思った人がいれば、それは広告としての役割は果たしているのでしょう。それは否定しません。しかし、他の多くのトピックでも書いて来たように、その道の、解る人たちではなく、解らない人たち(味でも音楽でもダンスでも)に受け入れられるだけのものを作り続けて、最終的に解らない人たちばかりの土壌を作っておいて、世界的には多くの分野で成り立たなくなっている(通用しなくなってる)状況にまで陥っても、それでも「言葉にならない」うんぬんって言ってる業界の体質が、とっても恥ずかしいと思うんですよねー。もう、それだけで仕事を任せる気にならない。個人なら何でも理論立てて説明する必要はかならずしもありませんが、プロというのはたとえ理論立てて説明する事を求められなくとも、自分なりの考えをちゃんと持っていなくちゃならないと思うんですよね・・・まだ追究の過程だとしてもです。それが万人にとっての正解であるなんて事は決してありませんが、制作をして行く上でチームとなる時、「なんとなく」では本当に良いもの(本当に見る目のある人たちに認められるもの)なんて作れないんですよね・・・・。もちろん「やっつけ」でこなすだけの仕事であれば、そういうものは必要無いですけど(苦笑)
マッチさんの所属する集団のサイトをちょっぴり拝見させていただきました。これからも良いもの追究し続けてくださいね。
前の書き込みでは「だったら良いんですけどね〜」という引用なしの文体にしたかったので、一旦「はじめまして」と書いてから書き直しました(汗)どうも、はじめまして。
言葉にできない「何か」というのは確かにとても大事な事ですね。しかし、それを悪用する人たちも多く、矛盾やいい加減さによる説明できなさを「言葉にできない何か」としてしまう人たちも多いんですよね。広告ですから、これを良いと思った人がいれば、それは広告としての役割は果たしているのでしょう。それは否定しません。しかし、他の多くのトピックでも書いて来たように、その道の、解る人たちではなく、解らない人たち(味でも音楽でもダンスでも)に受け入れられるだけのものを作り続けて、最終的に解らない人たちばかりの土壌を作っておいて、世界的には多くの分野で成り立たなくなっている(通用しなくなってる)状況にまで陥っても、それでも「言葉にならない」うんぬんって言ってる業界の体質が、とっても恥ずかしいと思うんですよねー。もう、それだけで仕事を任せる気にならない。個人なら何でも理論立てて説明する必要はかならずしもありませんが、プロというのはたとえ理論立てて説明する事を求められなくとも、自分なりの考えをちゃんと持っていなくちゃならないと思うんですよね・・・まだ追究の過程だとしてもです。それが万人にとっての正解であるなんて事は決してありませんが、制作をして行く上でチームとなる時、「なんとなく」では本当に良いもの(本当に見る目のある人たちに認められるもの)なんて作れないんですよね・・・・。もちろん「やっつけ」でこなすだけの仕事であれば、そういうものは必要無いですけど(苦笑)
マッチさんの所属する集団のサイトをちょっぴり拝見させていただきました。これからも良いもの追究し続けてくださいね。
こちらこそはじめまして。
クライアント、クリエイターの両方に、
やる気や、こだわりがなくてはいいものはつくれませんよね。
それはどの業界も同じだと思います。
クリエイターがプロでも、クライアント次第で、
作品の良し悪しもだいぶ変わってきますよね。
その逆もまたしかりですが(笑)
クライアント、クリエイターの両方に、
やる気や、こだわりがなくてはいいものはつくれませんよね。
それはどの業界も同じだと思います。
クリエイターがプロでも、クライアント次第で、
作品の良し悪しもだいぶ変わってきますよね。
その逆もまたしかりですが(笑)
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これと同じですね。
与えられたセリフをセリフとして暗記し伝えるアナウンサー。
自分の中に、美しいものを見て美しいと思える感動が無いから、
言葉を忘れると、何も伝える事が出来なくなる。
感動出来ない人が感動を伝える矛盾。
ダンスもセリフをセリフとして暗記するのと同じように、
フリ付けをフリ付けとして形式的に動いてるだけ。
自ら何かを表現しようとしてる感じは無いですよね。
まるで、動きをプログラムされた
感情の無いロボットが踊ってるようです。
(本当のプロがロボットを演じてたら、
動きの正確さまで拘るでしょうけどね…。)