http://jp.youtube.com/watch?v=Ksmth_861hc
↑
これと同じですね。
与えられたセリフをセリフとして暗記し伝えるアナウンサー。
自分の中に、美しいものを見て美しいと思える感動が無いから、
言葉を忘れると、何も伝える事が出来なくなる。
感動出来ない人が感動を伝える矛盾。
ダンスもセリフをセリフとして暗記するのと同じように、
フリ付けをフリ付けとして形式的に動いてるだけ。
自ら何かを表現しようとしてる感じは無いですよね。
まるで、動きをプログラムされた
感情の無いロボットが踊ってるようです。
(本当のプロがロボットを演じてたら、
動きの正確さまで拘るでしょうけどね…。)
---------- KOJI [
編集] URL . 06/22, 11:46 -----
その映像、まだあったんですね(笑)針飛びのレコード状態で痛々しいですね。何を伝えるのか、伝える本人が解っていないのでしょう。自分の言葉でしゃべってません。ユニクロの女の子たちも「踊らされてる感」がバリバリで、操り人形のようですが、からくり時計というコンセプトには顔の無表情さは合っているのですが、無機的な割りには動きがうまくなく、関節も硬く曲がり気味、そして機械のような正確さもありません。髪の乱れを気にしたり、カメラを意識してる感じが伝わって来て全然人形っぽくありません。しかし彼女達がいけないのではなく、これでOK出すのがおかしいのだと思います。
ユニクロの服着て無表情で楽しく無さげというのも、一体どんな人達に着て欲しいのか解りません。まるで「ユニクロの服を着ると、生活から笑顔が消えます」というメッセージのよう。優美な踊りで生き生きと表現してくれたら、素晴らしい広告だと思うのですが・・・。日本の広告って、インパクト狙いだけで、中身(本質)が無い広告ばかりで、気持が悪くなります。
---------- morito [
編集] URL . 06/23, 03:42 -----
ユニクロックに対する私の印象は、
微妙な表現で申し訳ないんですが『エロい』でした。(^^;
恐らく素人っぽさというのが、
そう言う印象をかもし出してるんだと思いますが、
妙に生々しい感じがします。
moritoさんが紹介してくださってるパフォーマーですが、
こういうパフォーマンスは初めて見ましたが素晴らしいですね。
実際比較すると、紹介されてるパフォーマーとユニクロックは、
世界のトップフォトグラファーが撮影するヌード写真と、
雑誌のグラビアヌードぐらいの差がある気がしますし、
生々しさの原因が解ったようなきがします。
---------- しま [
編集]
URL . 06/23, 20:32 -----
ははは(笑)「素人」「生足」「踊らされてる」がマニア的にエロチックなのかも知れませんね。確かにそういう意味では「妙に生々しい」ですね。
ダンスに関しては、僕はアメリカのTVの素人参加のコンテスト番組から「踊るという表現の意味」を教えられたという感じです。素人と言っても「職業ではない」という意味で、幼い頃からダンスを学んでいる人達です。皆5歳とか6歳から始めている人達ばかりで、前シーズンでは確か15歳から始めたという人がかなり上位まで行って視聴者を驚かし勇気も与えました。15歳では遅いほうなんですね。日本に暮らしていると解らない概念です。それぐらいエンターテインメントにかける魂が違うんですよね。
http://www.youtube.com/watch?v=axOrv3bWUtc
この番組の面白いところは、バレエ畑の人も社交ダンス畑の人も、課題をすべてクリアしなければいけないという点で、課題がヒップホップであろうと、ラテンダンスであろうと、70’sディスコであろうと、「体を使った表現」としての基本の「魂」を持っていないといけないという、確かな厳しさがあります。ジャッジもかなり厳しいです。しかし的確なアドバイスをします。昨日みた回でのジャッジの「魂が素晴らしくloudで、体が丁度そこにあった」という評価の言葉が印象的でした(こういう事を表す表現も、日本人は日常的に欠けていますね。)
確かに「素人っぽい良さ」というものも無いわけでは無いですが、それを求めてしまうと、結局彼らの行き着くところを否定してしまうんですよね。
---------- morito [
編集] URL . 06/23, 22:09 -----
moritoさん.
私はこのUNIQLOCKについて多くを知りません.ただ,この映像を見た私の感覚では,これは日本においてそこらじゅうに存在する「性の商品化」の典型だと思います.パフォーマンスの質云々の前の問題.とにかく作り手(ダンサーではきっとないはずです)は,性を商品として売ろうとした,だから,そこを差し引くとたいして何も残らないでしょう.こういうのを見るといつも非常に心が痛みます.
---------- えりざべす [
編集]
URL . 06/25, 00:46 -----
えりざべすさん、こんにちは。
丁度「ローレライ」の↓この記事
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-884.html
「潜水艦に美少女はいらんだろう」「少女役が可愛いことだけが見所というのはでは情け無い」というレビューを振り返って読んでたところです。
これと同じような感じですね。かわいい素人っぽい娘出しときゃいい、みたいな。
UNIQLOCKを見た時の日本人の大人の反応と、欧米人の大人の反応の違いを考えてみました。あえて「クリエイティヴ」なものに興味がある人という想定で。日本人は多くのブログでも書かれているように、「女の子かわいい」とか、機能的な事、インターフェイス的な事に反応すると思います。丁度、今日の「デザインブログ村」に「UNIQLOCK」というタイトルでアップされた記事がありました(いまごろ取り上げるというのは、もしかしたらこの記事を読んだ方が対抗して書いているのかもしれませんが・・・)↓
>5秒おきに動画が再生されます。
>しかし、同じ動画がループしているわけではなく、
>数種類の動画が流れています。
>(さすがにひたすら違う動画というわけではない
>みたいですが・・・)
>ただの”時計”に”動画”が付いただけなんですが、
>5秒という短い時間しか流れない為に「次はどんな
>のが流れるんだろう」と手を止めて見入ってしまい
>ますね。
僕の周りの欧米人ならどんなところに反応するだろうかと考えると、恐らくパフォーマンス(ダンス)だと思います。その次にデザインや機能じゃないでしょうか。メイン(役目とか機能という意味ではなく、観る者に最初に訴えかけて来るものという意味)はダンスという表現、躍動感ですから、先ずその表現の質を見るでしょうね。デザインはクオリティ表現という考えと、デザインは見た目と機能という考えの違いでしょうか。
ダンスのクオリティが解らない小さな子供なら、動きにしか反応せず「次には何が出て来るんだろう」と思いそうですが。
---------- morito [
編集] URL . 06/25, 01:49 -----
いつも楽しく読んでます。
コメント欄をみてこの記事と同じだなーと思ったので紹介します。
古いのでご存知かもしれませんけど……
http://wiredvision.jp/archives/200508/2005082503.html
---------- ys [
編集] URL . 06/26, 11:59 -----
ysさん、はじめまして。
リンク先の文章は初めて読みました。ありがとうございます。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-463.html
以前↑こちらで「農耕民族:狩猟民族」のことについて書きました。こういう分け方自体、必要なのかどうかは疑問ですが、確かに民族的な違いは「見かた」に現われていますよね。
何百年という時間をかけて形成された習慣や価値観というものも影響するとは思います。一方、10年程前に普及し始めた携帯電話によって、日本人が電車に乗っていても、レストランで食事中でも、自転車に乗っていてもメールチェックをするような、だらしない人種になってしまったのは、元々そういう体質があったのか、それとも突発的変化なのか、興味深いところではあります。
UNIQLOCKでダンスの質に目が行く西洋人と、女の子のルックスやインターフェイスに目が行く日本人。これにはダンスへの関心というものも影響するし、ダンスが日常(生活やメディア)の中にあるかという事も関係するでしょうね。もちろんダンスが日常にあるかどうかという背景には「関心がある」「大切にしている」という要素が無くてはならないわけで、教養や知識が影響するものです。例えば「一日でオペラに詳しくなる」なんて事は有りえないですもんね。知識や教養も、時間をかけて培われるもので、「文化」というものは、むしろそういう事の表れだと思うのです。
よく取り上げる「日本のTVはどのチャンネルをつけても同じようなものしか無い」に関しても、教養が無いからタレントのお笑いにしか関心が無いのか、タレントのお笑いばかりだから様々な教養を育むチャンスを失っているのか、どちらなのか解りませんが・・・。
---------- morito [
編集]
URL . 06/26, 18:22 -----
はじめまして。
さきほどuniqlockを初めてみました。
何か遅すぎて恥ずかしいですが。
僕は広告に携わる人間なのですが(それなのに今日初めて!)、おそらく
あの無機質な感じは狙いだと思いますよ。
飽くまで「時計」としてのパーツという位置づけですから、
時計本来のひんやりした感じを出したかったんじゃないでしょうか。
勘というか、僕でもこう作るなと思っただけなんでハズレかもしれない
ですけど。。。広告って感情の駆け引きも大事なんです。
感情のこもったダンスなら、すぐお腹いっぱいになって、ぼんやり眺めて
もらおうという企みが潰れてしまいますから。
素晴らしいプロのパフォーマンスはまた別モノなんだと思います。
検索で辿りついただけの者ですが、ちょっと考えさせられるエントリー
だったので思わずコメントさせていただきました。
失礼しました。
---------- OZ [
編集] URL . 07/04, 01:59 -----
OZさん、はじめまして。
「お腹いっぱい」は言葉としては解りますが、単なる理屈のような気がします。別にあの小さな枠の中で大々的なオペラのような大感動を求めようとは思いません。「素晴らしいプロのパフォーマンス」はそんな大袈裟なものとは限りません。涙を流すような大感動などで無くても良いのです。このエントリーの2つ目の映像は「お腹いっぱい」になりますか?(「お腹いっぱいになる表現」という意味は解らなくは無いので、その点にも注意して、似たタイプのパフォーマンスを選んだつもりです)「面白い」「うまい」「すごい」、人に訴えかけるのはそこで、それを表現する技術のある人が求められるのだと思います。無機質な「ひんやりした感じ」というのは解ります。ですが、それは技術を持った人達にも表現できる、いえ、技術を持っているから表現できるものだと思います。UNIQLOCKでは「素人っぽさを出したい」という部分しか感じません。もちろんそれが一番のテーマなら、それは成功なのでしょう。「ぼんやり眺めてもらおうという企み」だとしたら、このブログパーツを見て「素晴らしいダンスですね」と感動している多くの人達を獲得してしまった事は大失敗という事になります。とにかく、どれを取っても言い訳がましくなってしまい、本当に表現しようと思ったものが伝わらないのです。
僕はUNIQLOCKのパフォーマンスを見て、アメリカの(さまざまなダンス表現が生活の中に身近に存在する)小学生による表現プロジェクトのように感じました。恐らく小学生でも練習すればあれぐらいの動きは「素人っぽさ」を残しながら出来ると思います。そしてその場合「一生懸命さ」が観る人の注目を集め、心に訴えかけるでしょう。本場の演劇を観た時の感動とはもちろん違います。はたまた、無機質な奇妙さならマルセル・マルソーのようなパフォーマーが演じれば、無機質さも奇妙さも完璧に表現出来たでしょう。
「ユニクロの服を着ながら、楽しそうでも生き生きとしているわけでも無い」という部分はどう説明出来るでしょうか。果たしてそれが店の商品アピール(単なる宣伝としての話題性/露出度とかじゃなくて、ユニクロが衣類を通して本当に人々に提供したい生活)にとってプラスなのでしょうか。
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-884.html
↑まるでこちらのエントリーの一般の方々の『アニメをやりたいのならアニメで勝負すればいい。実写とCG(いや、アニメ)のルックが全く統一されておらず、映画の基本がその段階で崩れている。説得力ゼロだ。』とか『潜水艦に美少女はいらんだろう。』とか『各戦闘シーンごとにまるで製作者が"これは自分が作りました!"と自己主張しているかのように実写とCGがハッキリと分かれている映像にはすごく抵抗を感じました。』という意見のような、「ブログパーツ作りました」という作り手と、ユニクロの商品自体のイメージ(決して「ひんやり感」など出したいと思っていないはず)との主張の統一感の無さが、とても気になるのです。「さまざまな捉え方が出来る」と逃げる事もできますが、そういうのは能力の無い仕事人の、お決まりの言い訳だと思うのです。
「無機質」が「下手」である必要はなく、「素人っぽい」と「無機質」が妙に合致しないのです。それが「素人がダンサーを演じているように見える」と僕が感じた理由です。素人風、しかも確かにヘタ、それなのに一流ダンサーを気取ってる演じ方なのです。結局は「そのバランスの悪さやヘタさが気にならない人向け」って事なのです。そういうヒットの仕方が良い事かどうかという事は、クリエイター自身のプライドにも寄りますが・・・とにかく、良い物をひたすら追究する真のクリエイターなら、より良いものを求めるために常に「これではいけない」とさらに上を目指すものだし、逆に「これで良いんですよ」というのはクリエイティヴ精神では無いと思います。(ちなみに最新のヴァージョンは少し改善されているように思います。)「自分ならもっと良いものが作れる」というぐらいの切磋琢磨の精神がいまの日本の現場には必要だと思うのです。
ご意見ありがとうございます。お陰で自分が感じていた事をさらに説明することが出来ました。とにかく「満足したら成長は止まる」のです。自分にとって「これはダメだ」と思うものから学び、それ以上のものを作りたいという活力源になるのです。決して単なる否定では無いのです。
---------- morito [
編集] URL . 07/04, 02:56 -----