デザインブログ村でこちらの記事が紹介されていて、「とても厳しい内容」とのコメントがあったのですが、読んで見たらプロフェッショナルとして極々当たり前な事だと感じました。むしろ、これを厳しいと思う人は仕事しないほうが良いかもしれません・・・すれば、クオリティの低い物を世に送り出し、文化レベルを低くしますから。
唯一「センスは25歳で止まる」というところは違うかなと感じましたが。他でこのブログでいつも掲げている事と特に重なる部分をピックアップしてみたいと思います。
「広告は見てもらえないもの」
水野氏の言う通り、制作の現場では「見てもらう事が大前提」で広告が作られてしまっている。そこからクリエイターの勘違いが始まっている。以前レストランの記事で「メニューのデザインなどマジマジと見て気を留める客はいないのに、デザインを仕事にしている人はデザインをする者としてデザインを意識して見てしまいがち」というような事を書きました。これは別トピで「ほとんどの素人はデザインの事など解らない」という(プロの)意見に僕が反論した事と相反するように見えますが、つまりは「気を留めてじっくり鑑賞するような人は居ないけれど、デザインが見えていないわけではなく、デザインの質は機能としてちゃんと働く」という事。文字を大きくすれば見てもらえるとか、要素を多くすれば多く伝わるって事じゃなくて、質で機能する(目に入ったものが感性で消化される)という事。目に入れば消化されるというわけではない。
「どうしたら売れるかを考える」
どうしたら売れるかをただ頭で考えるより、どうしたら買いたいくなるかを思い起こせば良いわけで、答えは自分の豊かな経験(金を払う側として)の中に感性として蓄えられているものだと思います。ですから良いものに金を払う経験が少ないほど机上の妄想っぽくなって来ます・・・それは考えても解らない答えを当てずっぽうで数打つような行為を、クライアントの金を使って行うという事。自分が買わないのに「どうしたら売れるか」なんて答えなど出るはずもなく、「広告を作る事になったので興味を持ってみました」なんていうのは、先に述べた「レストランのメニューを作る事になったので、普段は行かないお店に行って注意深くメニューのデザインを観察してみました」というのと同じ。
「入力の質」
「日常の中で質の良い入力を行って下さい。でないと、言い訳ばかりで人生は終わってしまう」・・・前の文で書いた「即席のインプット」ではダメで、質の良い入力を日常の当たり前(スタンダード)にする必要があります。立て前的に「美術館に行って来ました」という人はよく見かけますが、行けば何か得られる(インプットのために行動を起こしているという既成事実を作る)という下心があるうちは偽物。純粋に作品を堪能するために足を運んでいる一般来場者と自分を比べて、もし自分が今ここに来ていなかったら、その人達(素人)よりも好奇心&行動力が劣るのだと自分を戒めるべき。それは美術館だけに限らない。
「デキない奴」
これは「いま出来ているか」という事ではなくて、出来る考え方を持っているかという事ですね。これからの可能性の事。若い人でも「もう止まってるな」と感じる人を見かけます。中堅でも「それ以上は無いな」と解る言動をしている人達が多く、そういう人達は大概ブログで忙しさと現在の地位のアピールばかりで、先は無いなと解ります。もちろん言葉では「成長して行きたいです」とか「まだまだです」なんて言うけれど、停滞しているのは一目瞭然。若者の「まだまだです」には、本当に伸びる人と、そう言うだけで現場に埋もれてしまう人の2種類に別れますが、洞察力と行動力次第ですね。
「センスは25歳で止まる」
僕の場合、駆け出しの頃はデザイン制作は寝る暇もなくやっていた典型的タイプ。デザイナー以外での経験は無に等しかったと思う。感受性の発達が25歳で止まるとしたら、僕はそれ以降でしか自分を磨けなかったので、そうなのかどうかは解りません。25歳までに現在のような経験が沢山出来ていたら、もっと違っていたかも知れませんが、それが(典型的デザインの現場で)可能だったかどうかは解りません。むしろそんな現場から抜け出す努力をしたからこそ自分のペースが可能になったのだと思っています。
「これ以外、自分に出来る事が無いので」という感じで、ある意味「惰性」で デザインの仕事をし、無体験&未熟なまま、謙遜まぎれ(「自分は到底そんな事をする時間も余裕もございません」的)かつ「おごり」(「専門家の見識としては・・・」のたぐい)を持ってプロとして活動している人達があまりにも多い。一般の人達に劣る成熟度、経験値、そして感性。単に手先が器用でレイアウト的作業をこなせるというだけでは、日本の文化がレベル・アップして行く事は無いだろう。センスある一般の人達がプロのレベルの低さに苦言を言ってくれるだけでも有り難い。そんなレベルであるのが現状だと感じる。
水野氏の述べていた事は、プロフェッショナルとして「最低限」の事だと僕は思う。世界レベルを相手に日本人としてやって行くには、当たり前の事。むしろ、それプラス何か特別なものが無いと、世界を相手に太刀打ちできるものではない。
「 プロ水準の低さ 」へのコメント
Yumiさま、こんにちは!
「まだまだです」って本当に色んな使い方が出来る言葉ですよね。下手したら自分の中でも曖昧に出来てしまう。先のヴィジョンを持っているかという事がポイントですね。それが具体的であるかどうかは様々ですが、でっかい事を言えるぐらいの人が頼もしいです(笑)よく「お前はそんなこと言えるのか」と潰しにかかる人もいますが、そういう野次も跳ね返せるぐらいの開き直りも必要ですよね、今の世の中!
好きな事に熱中している本物の眼差しを、Yumiさんち生徒さんたちの写真で拝見すると「これだ!」って思います。向上心、熱中、目的達成・・・純粋な想いが一杯。惰性のかけらも見えません(笑)
「まだまだです」って本当に色んな使い方が出来る言葉ですよね。下手したら自分の中でも曖昧に出来てしまう。先のヴィジョンを持っているかという事がポイントですね。それが具体的であるかどうかは様々ですが、でっかい事を言えるぐらいの人が頼もしいです(笑)よく「お前はそんなこと言えるのか」と潰しにかかる人もいますが、そういう野次も跳ね返せるぐらいの開き直りも必要ですよね、今の世の中!
好きな事に熱中している本物の眼差しを、Yumiさんち生徒さんたちの写真で拝見すると「これだ!」って思います。向上心、熱中、目的達成・・・純粋な想いが一杯。惰性のかけらも見えません(笑)
「センスは25歳で止まる」・・・
この年齢設定は、どこから計算されたのでしょうかしらん?
それじゃ〜あたしは、年齢的にセンスどころか化石だなw
惰性で生活していても、センスは磨けないですよね。
主婦も、自分を許した時点で老けますw
(って、美顔ローラーを手にするあたしw)
この年齢設定は、どこから計算されたのでしょうかしらん?
それじゃ〜あたしは、年齢的にセンスどころか化石だなw
惰性で生活していても、センスは磨けないですよね。
主婦も、自分を許した時点で老けますw
(って、美顔ローラーを手にするあたしw)
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私もそう思います。。。。
といっても私の場合この記事にある「まだまだです」という人たちのまだまだまでも届かないどうやって自分のスタートラインを引けるかそのゲート探しをしているような状態ですので及びでもないのですが(^^;)でも将来自分が目指したいところをmoritoさんのブログにお邪魔するとお勉強できるので嬉しく思ってます♪