『「ニュー・デザイン・パラダイス」永久コレクションブック』という本が出ているらしい。
この「ニュー・デザイン・パラダイス」という番組を絶賛するクリエイターたちに疑問を感じる理由はこちらや、こちらや、数日前のエントリーのこちらで述べている通りなのですが、社会的に評価され受け入れられているわけでは無く、作り手側が一方的に良しとしている物を「永久保存」とはどういう意味なのか、理解に苦しみます。生活に溶け込み、人々に受け入れられ生きてこそのデザイン価値では無いのか?

●「デザインの可能性をみつめ直す」と言えば理論的には正しそうに聞こえるけど、上の達磨のように、最も大事な伝統や精神性の部分を無くして「斬新さ」で可能性を打ち出しても、その時点で終わってると思う。形を変えるだけなら誰でも出来る。むしろこの達磨が生き残る可能性は無いという理由を見出す目を持つほうが正しい文化を形成すると思う。これが売れる国であって欲しくは無い。
そもそもこの番組の「デザインの分析 → デザインのリセット → デザインの再生」というコンセプトがおかしい。分析して、どうしてその形が誕生し、何故これまで愛され続けて来たのかという理由を知れば、リセットしてしまうのはおかしい。「これまでの経緯がすべて間違いだった」という場合以外、リセットの必要など無い。永久保存するなら、実際に生活の中で生き、人々に愛されてからでなくては意味が無い。人々に評価されたわけでは無いものを良いデザインとして殿堂入りさせようという考え方自体が、作り手側だけの押し付けに過ぎない。形の目新しさだけでこれに共感するクリエイター達も、もはや同罪だと思う。
参考サイト:『ニュー・デザイン・パラダイス』
PS:「ボウリングがオリンピック種目にならない原因はピンのデザインにある」なんて本気で言ってるのだろうか?どうかしてると思う。こちらで最初にこの番組について書いた時の「吐き気」がまた蘇ってきました(;´д` )
| 「ニュー・デザイン・パラダイス」永久コレクションブック (2005/01) フジテレビ出版 この商品の詳細を見る |
この「ニュー・デザイン・パラダイス」という番組を絶賛するクリエイターたちに疑問を感じる理由はこちらや、こちらや、数日前のエントリーのこちらで述べている通りなのですが、社会的に評価され受け入れられているわけでは無く、作り手側が一方的に良しとしている物を「永久保存」とはどういう意味なのか、理解に苦しみます。生活に溶け込み、人々に受け入れられ生きてこそのデザイン価値では無いのか?

●「デザインの可能性をみつめ直す」と言えば理論的には正しそうに聞こえるけど、上の達磨のように、最も大事な伝統や精神性の部分を無くして「斬新さ」で可能性を打ち出しても、その時点で終わってると思う。形を変えるだけなら誰でも出来る。むしろこの達磨が生き残る可能性は無いという理由を見出す目を持つほうが正しい文化を形成すると思う。これが売れる国であって欲しくは無い。
そもそもこの番組の「デザインの分析 → デザインのリセット → デザインの再生」というコンセプトがおかしい。分析して、どうしてその形が誕生し、何故これまで愛され続けて来たのかという理由を知れば、リセットしてしまうのはおかしい。「これまでの経緯がすべて間違いだった」という場合以外、リセットの必要など無い。永久保存するなら、実際に生活の中で生き、人々に愛されてからでなくては意味が無い。人々に評価されたわけでは無いものを良いデザインとして殿堂入りさせようという考え方自体が、作り手側だけの押し付けに過ぎない。形の目新しさだけでこれに共感するクリエイター達も、もはや同罪だと思う。
参考サイト:『ニュー・デザイン・パラダイス』
PS:「ボウリングがオリンピック種目にならない原因はピンのデザインにある」なんて本気で言ってるのだろうか?どうかしてると思う。こちらで最初にこの番組について書いた時の「吐き気」がまた蘇ってきました(;´д` )


